2016年6月23日(木)~26日(日)、東京・渋谷ヒカリエにて「東京カメラ部2016写真展」が開催されました。開催期間中のイベントステージでは、人気フォトグラファー、写真業界関係者、歴代東京カメラ部10選などをお招きして、さまざまなテーマでトークショーが行われました。
6月25日(土)に行われた特別企画「写真表現の可能性」では、カメラマン・山岸伸さんと4名の東京カメラ部10選にご出演いただき、カメラの新機能を活かした新たな作品制作についてお話しいただきました。
塚崎「本日、『写真表現の可能性』というテーマで山岸先生にご登壇をお願いさせていただいた経緯について簡単に説明をさせてください。
今、東京カメラ部には毎日約5,000~6,000もの作品を投稿いただいています。投稿いただいている作品のジャンルは幅広く、それこそCGに近いものから見たままを切り取った純風景写真もありますし、人物写真もスタジオで撮影されたものからストリートスナップまで、カラー、モノクロほぼすべての被写体、表現方法のジャンルがカバーされています。この状況を東京カメラ部運営としては大歓迎しています。東京カメラ部は、写真表現は自由である方がより多くの人が楽しめると考えていて、「特定の被写体、表現方法こそが正義であり他は写真ではない」というようなスタンスはとっていないからです。事実、東京カメラ部が運営して選定をさせていただき、紹介をさせていただく作品のジャンルは様々ですし、この写真展会場で展示させていただいている作品のジャンルも様々です。
新参者である我々がこうした運営をしている中で、先駆者であり、大御所でいらっしゃる山岸先生が私どもの取り組みよりもはるかに前から最新のカメラやコンピュータを駆使して今までになかった表現に挑戦されていることを知り、「写真表現の可能性」というテーマでご登壇をお願いさせていただいた次第です。そして、お話をいただくに際して、まさに「写真表現の可能性」を追求したこちらの写真集「KAO’S」のご紹介からお願いします」
山岸「今から25年ほど前に、米米クラブというグループを撮影する機会がありました。メインボーカルのカールスモーキー石井さんが、ジェームス小野田さんの顔に作品をペイントしていたんですね。それがとてもユニークで、撮らせていただいたのがきっかけで生まれた写真集が「KAO’S」です」
山岸「友人が勤めていた大手印刷会社が購入した日本に2台しかなかったスーパーコンピューターを使わせてくれるというので、大判カメラで撮影した写真をスキャンしてパソコンに取り込んで、それを石井さんがタッチペンで加工したのがこの作品です。これはCDのジャケットにもなりました」
塚崎「どうしてスーパーコンピューターという道具を活用してこうした作品を作ろうという発想を持てたのでしょうか?」
山岸「写真はその時に『撮るか』『撮らないか』なんですよ。この時に正面からだけでなく左右両方の横顔を撮っていたから色々と発想が生まれたんです。そもそも私は常に『白い画面』を見ているんです。その中に何を入れるか、何を書くか自由なんです。ここに画家であれば筆で絵を書き、私であればカメラでこの写真を残したんです」
山岸「これはカメラのあおり機能を使って撮りました。カメラには色々な機能が付いています。その中で自分が気に入ったものがあればどんどん取り入れていけば良いんですよ。私は新しいモノ好きなのでささっと使って、すぐに飽きるんです」
塚崎「今はオリンパスのアートフィルターも積極的にお使いとか。これはなかなかプロカメラマンではいらっしゃらないと思うのですが」
山岸「はい。アートフィルターを使います。アートフィルターが僕にとってのノーマルですよ(笑)」
塚崎「写真を撮られる方の中には『写真は真実を写すものだ』という方もいらっしゃれば、『写真は自由であるべきだ』という方もいらっしゃいます」
山岸「真実を写せっていっても、フィルム時代からドキュメント写真では『真実』にはないノイズを入れる増感現像が流行りましたし、さまざまな温度のお湯を入れてフィルムの状態を変えて仕上がりを変えていました。『こうしたい』というイメージを持っている人は昔から『真実』に固執せず、自らの表現を実現する方法を模索してきたんです。それと全く同じ感覚です」
山岸「これは左右両方撮影していたので実現できた表現です。また、この頃は長体をかけることができるようになったのでその機能を使いました。『KAO'S』は私としてはこれで賞をもらっても良いんじゃないか?と思ったのですが、25年前の発表当時は受けがよくありませんでした。ニューヨークで写真展も行いました。英語もできない男が写真を空輸してSOHOでやったんです。しかし、アメリカでも日本でもほとんど話題になりませんでしたね。それが、まさか、25年後に感動してくれて、おもしろいと言ってくれる方が現れて、このようなトークショーをするとは思ってもみませんでした」
山岸「『KAO'S』のデータは残念ながらもう復元できないのですがフィルムは残っているので、優秀なデザインをされる方が、私の作品にもう一度陽の目を見せてくれたら嬉しいです」
ここで東京カメラ部10選の4名の方が入場です。まず黒田明臣さんの作品が紹介されました。
黒田「今回のお話を頂戴したときに、自分の写真表現について考えてみました。わたしはまだ写真を作品として意識することが少ないので、今の段階だと写真の可能性というより自分の可能性を表現すると言う方が正しいのかなと思います。わたしの写真は、作品イメージを決めて撮影する写真と、スナップ的な写真と、特定のテクニックや技法を使用して完成させる写真と、3タイプに分かれています」
黒田「こちらの写真は、こうした絵として完成させるためにはどういうセッティングで撮影すれば正解なのか、ということを考えながらチャレンジしたものです」
黒田「こちらは写真としてはよくあるものだと思います。作品というよりは、知人のヘアメイクとモデルと撮影をして模索を重ねて、既に世の中に発表されている写真にどれだけ近づくことができるか、ということを試した習作です」
黒田「この写真はモデルを使用したもので、仕事中に抜け出して撮影しました(笑)現場にある光やモデルの表情、自分とモデルの関係などを、その場で臨機応変に対応して写真に落とし込んでいくという、これもある意味瞬発力の練習ですね」
黒田「こちらの写真は撮影のために出かけて撮ったものではなくて、友人と温泉旅行にいく前に立ち寄った公園で、たまたま夕日がきれいだったので撮影させてもらったんです。どんな状況でも自分の納得できる状態に落とし込めるようにしたいと思っています」
山岸「僕はプロなので練習の写真というのはないんですが、光を読む、ということはすごくわかります。友人も美形な方が多く、黒田さんは恵まれてるんだと思います。黒田さんがそういう人を求めていて、側に人がいるからできることですよね」
黒田「わたしはまだ人物を撮り始めて2~3年しか経っていないので、この先の道はものすごく長いと思っています。写真を長いスパンで考えているんです。今は撮る写真の99%が練習だと思って、とにかく撮っています。練習によってできるだけ自分を高めて、納得できるような写真をさきざき撮りたいです」
山岸「こうやってとにかく練習できる時期って貴重だと思うんです。今黒田さんがやっていることは本当に役に立つし、これを繰り返すことはすごく大切ですよ」
黒田「夕日であれ朝日であれ光によって課題があります。自分の写真を見ると課題だらけで恥ずかしくて嫌になります。嫌になりながらも泣きながら課題を見つけて、その課題を埋めていくべく練習をしています。練習自体は苦痛ではなく楽しんで撮影できています」
山岸「黒田さんは感性が完成されているね。冷静だよね。芸風が広くてできることが多いのでどこかの段階で絞ってみたら良いかもしれません」
続いて富久浩二さんの作品が紹介されました。
富久「デジカメが台頭し機能がどんどん進化してきたことによって、フィルムのときには撮れなかった写真が撮れるようになったと思います。こちらはカメラを頭より高く上げて、手を左右させて構図を決めて撮影した新宿の写真です。ファインダーを覗いて撮影していたら撮れなかったと思います」
山岸「僕もここ7年間ファインダーを覗かないで撮っています。片目だけに集中すると大事なものが見えないのです。この写真はファインダーを覗かないで両眼で見ているから、ちゃんと入れるべきものを入れることができた典型的ないい写真です」
富久「ドローンが流行ってきているので、高いところから写真を撮ることに興味を持っています。カメラを木にぶら下げて、遠隔操作で撮影をしました。特殊な撮影方法なので、100枚撮ったうち2枚くらい良い写真が撮れているといいな、という気持ちで撮っています」
山岸「古い人間はこういう写真を撮ろうとすると、木の上に登って撮ろうとしちゃうんですよ(笑)新しい機能はどんどん自分のなかに取り入れて行ったほうがいいですよね」
富久「新しいカメラが新しい機能を搭載してくると、この機能を使うとこういう写真が撮れるかもしれないと想像力が刺激されて欲しくなってしまいます」
山岸「私もアサヒカメラでPENの赤外線機能を使って血管ヌードを撮影しました。カメラの新機能は食べず嫌いで終えるのではなく、どんどん試していって、気に入ったら取り入れていけば良いと思います」
富久「こちらはスーパーの買い物カゴのようなカゴに上向きでコンパクトカメラを入れてサランラップで蓋をして、そこに水滴を垂らしてWi-Fiを使って遠隔操作で撮影をしました。普通の一眼レフでファインダーを覗いていたらこういった撮影はできないですね」
山岸「すごい観察力だよね。思いつかないよ」
富久「不思議な写真に見えますが、実はPCモニターを映した写真の前に指で摘んだ透明なビー玉を持ってきてマクロで撮影しました。今は宙玉レンズなど便利なものがあるので簡単に撮れますが、こういった水晶球の中の画を撮影してWEB上にアップし始めたのは僕が初めてに近かったんじゃないでしょうか」
富久「これは自転車を狙ってカメラを構えていたのですが、偶然にも傘がポキっと折れたのでその瞬間を撮影しました。面白い写真になったと思います」
山岸「『引き』があるのと『観察力』があるからこそ撮影できる写真だね」
次に松永亨さんの写真が紹介されました。
松永「わたしは主に海外や国内で人物写真を撮影しています。ポートレートは被写体がカメラを意識している瞬間と意識していない瞬間とに分けられると思います。こちらの写真はカンボジアの学校での運動会の様子です。徒競走で対決している女の子が隣の子の顔を見る瞬間で、カメラは意識していないのですが『負けない』という気持ちが強く伝わります」
松永「村の子ども達がサッカーをしようと集まってきたのですが、お母さんたちがサッカーゴールに洗濯物を干してしまい、サッカーができなくて困ってしまっているときの写真です。カメラを子供の前で構えて撮って、この空気が撮れるのはこの一瞬しかなかったと思います」
松永「海外の学校などに行くと記念撮影を撮って欲しいと頼まれることもあるのですが、記念写真ってどうしても作品にはなり得ないんですよね。でもこのときは、ポージングをお願いした瞬間に屋根の方から物音がして、みんなが視線を外してしまっている。集合写真としては失敗かもしれませんが、カメラが意識から一瞬外れて個性が出たという点で作品としては成功だと思っています」
松永「こちらは女性ポートレートで、被写体がカメラの存在を意識したように見えますが違います。ライティングの感じを見たくてテストで撮影した際に、上手く気の抜けた表情が撮れたんです。モデルにも見せて、本番でこれを超えようと一緒に頑張ったのですが、結局一番最初のテスト写真が一番よかったんです」
山岸「写真って最初と最後が一番いいと言いますからね。私も先日撮影したタレントさんの撮影でははじめに雑談をしている時に撮影した写真が一番良かったです。僕は今までの写真のなかだとこの写真が一番好きだなぁ。海外で撮られたものは説明がないとわからないけど、この写真は説明を聞かなくても何を表現しようとしているかわかります。自分の意志が強く出ている作品はいいと思う」
松永「こちらの写真は事前にロケハンをして、歩いている人が壁に映り込んでいる場所を探しました。現地ではモデルに壁に寄りかかって物憂げにしてもらうことによって、決めきった写真ではなく、ストーリー性を出すことができました」
山岸「女性を撮るのは大変。こういった会場では風景写真の方が映える。その中で、ここまでしっかりと説明ができる写真を撮影できるのは素晴らしいこと。僕はずっとアイドルを撮ってきたカメラマンなので評価が低いところがあるんです。男性が女の子を撮ることって大変だから、こういう写真を撮っている方を見ると頑張れって言いたくなりますね」
松永「こちらの写真も、当日現地で雲を見てその場で構図を決めた作品です。スローシンクロを使ったことによって手がぶれています。雲が飛び散るような動きのある写真になりました」
山岸「これはほぼ撮って出しだよね?それがまたすごい。普通だったらもう少し肌に手を入れたくなるんだけど、その時の瞬間を大事にしているからそのままにしたんだろうね」
最後に菊池賢二さんの作品が紹介されました。
菊池「わたしは『記憶』をテーマに作品を制作したいと考えました。こちらは一枚一枚を見るというよりも、全ての写真が揃って一つの作品になると考えています。記憶はあいまいなものだと私は考えているので、ピントがあっておらず、ボヤッとしていて具体性を持たせないような写真で構成しています。前半部分は日常風景で、これといってインパクトのない瞬間の連続」
菊池「次にわかりやすい転換がきて、指輪が目立つように光を当て関係性をわかりやすくしてみました」
菊池「そして若干暗めのキッチンや風景など、今までとは違う雰囲気の写真が並びます」
菊池「ここでもう一度転換がきて、自分の手元には指先と薬指に指輪が二つ残っていて、向こうには人がいる。死装束を連想させる服を着た人が見える。ここは記憶というか、妄想に近い、夢のようなイメージを込めました」
菊池「最後には人の姿が消えることで、『気持ちの整理がついたんだな』と見ている人に想像させます。こちらの写真は流れや全体のバランスが大切だと考えたので、一冊の本にまとめて発表しました。写真というのは記憶を補助する装置のようなものだと思っていて、写真があるからこそ、その前後の記憶を思い返せる、ということが重要なのではないかと思っています」
山岸「今まで4名の写真を見せてもらって、僕は菊池さんの写真が一番わかりやすいと思いました。一度写真を見て、時間を置いてもう一度見ると、最初に見たときと違った感想になる。僕が夢を見ているときも、こういう風に見えていると思いましたね。一時期、ピントが合っていない写真はダメだという風潮もあったのですが、こういう写真を表現としてやってもらえるというのはありがたいと感じますね。昔だったらカメラ雑誌には載せられないような写真ですよね。それが今、こういう場でみんなに見せられる時代が来たのが嬉しい」
最後に山岸さんからお言葉をいただきました。
山岸「みなさん本当にすごいです。上手いです。また、カメラオタクではなく、写真オタクで良かったです。はじめは、スマートフォンだから綺麗に見えるのかなと思ったけれど、今日、写真展でしっかりと大きくプリントされたみなさんの作品を拝見してプリントでも見事な作品だったので驚きました。グループ展だけでなく、一人一人の写真を個展でじっくりと拝見したいというのが本当の気持ちです。10選の方に限らず衝撃を受けました。みなさんのような若い方とこうしてここで交流を持てることを感謝しています」