2018年4月26日(木)~5月5日(土)、東京・渋谷ヒカリエにて「東京カメラ部2018写真展」が開催されました。開催期間中のイベントステージでは、人気フォトグラファー、写真業界関係者、歴代東京カメラ部10選などをお招きして、さまざまなテーマでトークショーが行われました。
4月27日(金)に行われた鳥取県のトークショーでは、鳥取県知事の平井伸治氏、東京カメラ部10選 柄木孝志氏にご登壇いただき、「写真による地方創生の重要点 ~官と民のそれぞれの役割~」というテーマでお話しいただきました。
東京カメラ部運営 塚崎(司会)「本日は写真の力を活かした地方創生に、官の立場から取り組まれている平井鳥取県知事と、民の立場からそれを支えている柄木さんをお迎えして、どのような取り組みをしていて、どんな課題があり、それをどのように解決をしようとしているかをお伺いします」
平井「鳥取県知事の平井と申します。本日はよろしくお願いいたします」
柄木「写真を活用した地方創生に携わっている東京カメラ部10選の柄木です。現在は約10の自治体で写真を活用した地方創生に携わっていますが、その原点は鳥取県での過去の活動にあります。このような場でお話しできているのも鳥取県のご支援があったからこそ。ちなみに地方創生の仕事をしていて痛感するのは、民だけでは地方創生はできないということ。しかし、官だけでもできません。両者がうまく機能してはじめて成り立つものだということを実感しています」
柄木「わたしが暮らしているのは日本を代表する名峰・大山(だいせん)。15年前にIターンで引っ越してきたとき、その美しさに心を奪われました。しかし、当時は紙媒体が主の時代で、街中で見かける写真は、紅葉や新緑、雪景色といった季節感を象徴する定番の写真しかあまり眼にする機会がありませんでした。しかしながら、私が心を動かされたのは、夜の満天の星空や早朝の朝焼けなど。ただ、これを周囲に伝えても、伝わらないどころかそんな風景があることさえも知らない。まずはそれを伝えようと。それが私が本格的に風景写真に携わっていったきっかけです。特に象徴的なのが、この『ダイヤモンド大山』。もともと見る位置によっては、富士山と形状が似ていることから伯耆富士とも呼ばれる大山。きっとダイヤモンド富士のような現象が起こるのではと思い、15年前より仲間たちと統計を取りはじめ、WEBで発信したり、写真集内で『ダイヤモンド大山マップ』を付録でつけてみたり。こういう地道な活動が徐々に認知され、周辺でも撮る人たちが急増。そうした多くの人たちの写真と盛り上がりを見た行政が、ついには、道路や駐車場を整備したという話です」
塚崎「最初はこの美しいダイヤモンド大山の写真からスタートして、その撮影スポットの情報とともに人々に伝わり、人々が動き、そして最後は行政までが動いたということなのですね。人が大勢集まるようになると違法駐車問題などが出てきますが、鳥取県ではここで官が動いて駐車場を整備することで観光客の安全と住民の生活環境を守られたのがまた素晴らしいですね。ところで、写真の力で人を集めても地元にお金が落ちないという問題もありますよね?」
柄木「はい。写真の持つ力は非常に大きいのですが、ここで大きな矛盾が生まれます。SNS等で発信し、人が来ても地元が一切潤わない。喜べない現状が発生する。なぜか。撮るだけではその場所にお金が落ちないからです。あわせて必要なのが、人を動かすとともに、間接的な収益コンテンツを作ること。食事やおみやげ、ガイドなどなど。そうしたものを提供し、地元にお金が落ちて初めて地域活性と言えます。この写真はわたしが写真家の立場でプロデュースした大山観光局によるお盆の和傘ライトアップ事業のものです。もともと歴史ある事業だったのですが、3日間で少数しか訪れない小さなイベントでした。ただ、とてもいいコンセプトの取り組みであり、地元の方ももっとお客さんに来て欲しいし、できれば宿泊が見込める夜に訪れて欲しいという要望もありましたので、集客できるコンセプトにモデルチェンジした。それが和傘を使ったこのようなライトアップだったんです。結果、これは爆発的に集客が増え、今や3日間で1万人が来場。ツアーバスがたくさん訪れるほどの県を代表するイベントになりました。そのうえで、地元のみなさんに夜間営業いただきしっかり売り上げとして還元する。また地元に積極的に参加いただくことでこういった地域一帯の取り組みに対する意識付けを行う。そうした一般の方にはなかなか見えない部分こそがこの事業の一番の成功ともいえます」
平井「人気が出てきたイベントです。もともと地元に和傘職人はいたんですが、きちんとコーディネートをすると人々を魅了することができるコンテンツになりました。そして、写真の力でその魅力を世界中の人々に情報発信することができました。今年は大サービスで、年中ライトアップをするということも考えています。いえ、これはあこぎなことをしようというのではなく、大山開山1300年祭の年ですので、特別にそのような展開も考え、本来のシーズンだけではなく開催できればと思っております」
塚崎「たしかに、写真は言語の壁を越えますよね。そして日本風の世界観の写真は海外の方はとても喜びますので日本の方だけでなく海外の方にもこの魅力は十二分に伝わるのではないでしょうか」
平井「大山のような美しい山は日本中にあります。ただ、それを国内外の方々に認知していただいていないんですよね。柄木さんの写真が言語の壁を超えて出会いを作ってくれるんです」
柄木「来場される方は今の時代必ず写真に撮って帰ります。要は、誰もがスマホでもキレイに撮りたいって願望がある。これをやり始めた当初から、記念撮影スポットも設置し、和傘に囲まれながらの自身が撮影できる場所を作ったのですが、当初は下から顔にライトが当たり、お化けのよう顔に写ってしまっていました。もちろんいい写真を撮れないですから、多くの方は写真をSNSに投稿してくれません。この矛盾をクリアをするためにも写真家として知恵が生かされました。人物撮影を行うノウハウを生かし、両サイドから照明を当てるなどして、和傘の灯りと、人の表情の明るさを同じにすることでスマホで簡単に撮影できるようになったのです。こうなるとみなさんこぞってご自身のSNSに投稿して、結果的にこのイベントの宣伝に来場された1万人の方が協力してくれたということになる。こういった地方のイベントは資金がありません。よって広告にかけるお金もない。こうしたSNSでの広がりをうまく活用することによって来場する人たちに宣伝マンになってもらうことでコストをかけずとも大々的なPR効果を生む。それもまさに写真の持つ力です」
平井「光量が大切ということがよくわかります。光量を『こう利用』するんですね(笑)」
柄木「出ました、知事のだじゃれが」
平井「いまはインスタグラムの時代ですが、良い写真が撮れるのは都会にあるお店の中だけじゃないんですよね。豊かな自然や人々の何気ない営みの中にも多くの被写体があります。鳥取県ですと特に鳥取砂丘がおすすめです。植田正治さんが愛した場所で、とにかくインスタ映えします。なにせ『インスナ映え』ですから(笑)」
柄木「他にももうひとつ写真をきっかけに地元が変わった事例をご紹介します。これは大山の北壁、大山町の豪円山のろし台という場所から撮った写真です。とても美しい場所ですが、5年ぐらい前までは知名度もなく、人もほとんどやって来ない場所でした。ただ、撮影してきた私にとって、この場所は大山でも屈指の名所といわれる南壁の鍵掛峠にも負けないポテンシャルがあると感じていたので、地元の観光局と連携し、この場所の写真を主役にしたポスターで大々的なPRを行いました。結果、問い合わせが50倍以上にも伸び、訪れた多くの観光客は周辺の施設で、食事やショッピングをする。人が来ることで周辺環境も整備され、さらにアクセスがよくなる。こうしたウインウインの関係を作りあげることができたのもまさに写真の力なのです」
塚崎「お店ができたのは素晴らしいですね。地元も潤いますし、来た方も楽しめますよね。ひとがこうして沢山いらしてくださるとお店ができたりと良い話が生まれますが、一方で写真の力を活かした地方創生では、あまりに多くの方がいらっしゃると地元の方との軋轢がうまれるケースもあると聞きます。鳥取県ではいかがでしょうか?」
平井「それはとても難しい部分です。いま鳥取県でも問題になっていることがあります。ちょうど旧暦のひな祭りに行う『流しびな』の季節なんですね。用瀬という場所は流し雛の名所で小さな女の子が川面におひな様を浮かべるんですが、たくさんのカメラマンさんがやって来ます。地元でもお土産などの経済的効果はありますが、本来は子どもの成長を願う祭りであり、両親は子どもの写真を撮ろうとするとカメラマンさんが邪魔だと言ってくることがあるようで…。地元の方にとっては悩ましいと。中には気性の荒い方もいるようで、有名になってくると出てくる弊害もありますので、それをクリアするためのノウハウを横の繋がりで共有することが必要だと思います」
塚崎「なるほど。鳥取県でもそうなんですね。地元の方々と観光客の方々が共存できるルール作りとその共有が望まれますね。さて、実は鳥取県では、知事ご自身も写真の力を活かしたPRをなさっているとうかがいましたが?」
平井「はい。何分にも我々の予算は限られていますから、どうすれば費用をかけず鳥取県をPRできるかを常に考えています。そのひとつの例が、この『インスナ映え』する鳥取砂丘です。スターバックスが日本で唯一鳥取県にはないということをとあるニュース番組が取材したいと。こっちもさまざまな答えを用意したのですが、かわいそうな田舎を演出したいのかことごとくカットされ、最後に残ったのが『スタバはないけれど、日本一のスナバがある』というものでした。この写真も広がりを見せ、30億円の経済効果を生みましたが、元手はわたしの衣装代くらいです」
平井「第三セクターの若桜鉄道の若桜駅のSLを『ピンクSLフェスタ』開催時期に、一時的にピンクに塗装しました。保守的な鉄道ファンからは、SLをピンクにするとは何事だと炎上騒ぎとなりましたが、桜の名所である若桜駅にピンクのSLという組み合わせをかわいいとおっしゃってくださる方も多く、話題となりました。鉄道事業は財政的に厳しい世界ですが、このイベントは1000人以上の動員があり経済効果をもたらしました。炎上はしてやったりの部分もあります。お金がないからこそ、収益を上げる努力をしているんです。大もうけを目指しているわけではなく、次に繋がるくらいが回収されて回っていけばいいと考えています」
塚崎「官の代表である知事もこうした写真の力を活かした地方創生の取り組みをなさっていることに感銘を受けました。写真の力で人が動くことはこれでわかりましたが、人が動くだけではなく、やはり地元の収益につながっていかないとですよね?」
柄木「はい。そうです。このトークショーでいちばん言いたいことは、『撮る』や『見る』だけでは地方創生はできないということ。その撮った先に、人を呼び込んだ先に、地元でどう収益システムを作るか。そこを官と民の役割分担のなかで実現していかなければなりません。その代表的な事例がこちら。鳥取県の星空です。今や、『星取県』として行政をあげてプロモーションしていますが、実は、私自身はこちらにきてすぐにその星空に魅了され、撮っている人が誰もいない頃から撮影を続けてきました。鳥取県が素晴らしいのは、こうしたフォトジェニックな場所を、一つの形にして大々的な取り組みとして展開すること。これは全国でも極めて稀な事例です。しかしながら、いくら県がこれだけの大規模なプロモーションを実施したとしても地域活性という点に関してはいえばまだまだ成功とはいえない。大切なことは、この県によるバックアップを、民間がどう商売につなげるか。そうでなければ結果訪れるだけで地元にお金は落ちないという悪循環しか生みません。そういう意味でも『星取県』の知名度が飛躍的に上がった今、民間の役割が非常に重要になってくると考えています」
塚崎「このケースですと、具体的に民はなにをされたのでしょうか?」
柄木「星を「観る」・「撮る」というツアーは全国で数多く存在します。星取県がさらに有名になるためには、そこからオンリーワンを求めなくてはなりません。そこでカメラマンとしての活動をヒントに、『撮られるツアー』というものを地元の観光局とともに企画しました。みなさんも経験があるかと思いますが、これだけ写真が身近になり気軽に撮影ができるようになったとはいえ、星空はなかなか普通には撮影できない。でもこれをSNSで友達に伝えたい。ただ、言葉だけではなかなかその美しさが伝わらない。そんな悔しさをお持ちの方も多いと思います。そこの点に注目し、企画したのがこのツアー。参加した人が主役になり、満天の星空の下、プロが代わりに撮影する。そのデータが後日自分の手元に届きます。そうするとお客様がご自身のSNSにその写真をアップしてくださることが増えるので、結果、お客様が我々の宣伝マンになってくれる。お盆の大献灯と同じやり方です。このツアー、最初は月に1回程度の開催でしたがいまは月に複数回、しかも最近は直行便ができたこともあり、香港など海外からの参加者が急増。団体で来られることが多いので、別日で専用のツアーを組むぐらいにまで急増しました。
今後の展開としては、ガイドを育成し、写真で生計を立てたいと考える若者に活動の場を提供することが喫緊の課題。そうすることで観光産業だけでなく、移住・定住にも貢献できると考えています」
塚崎「写真家が種を見つけて磨き、その種を官がPRを行い、行って集まったお客様を民がもてなして地元を潤す。見事な流れですね」
柄木「はい。鳥取県は、行政がPRを必死にやってくださっています。そこに民が乗っかることで足並みが揃っています。どちらかがどちらかに丸投げをしてもダメなんですよね。また、写真展や写真コンテストと、ツアーなどはありますがみんな単発です。継続的に続けられるかたちにすることが重要です」
塚崎「官によるPRという話ではこちらの『星取県』PRでは、知事もご協力されたとか?」
平井「はい。『ほしとりけん』とペンライトの光を使い文字が描かれていますが、わたしもこの中にいます。他の方はツアー参加者ですが、みなさんとても楽しんでいらっしゃいました。わたしは『り』です。柄木さんの配慮で簡単な文字となっております。かなり柄木さんの指導が入っていましたが、それをみなさん楽しんでいるんです。それは、この完成した写真が欲しいからなんだと思います。さじ天文台は日本一星が見えるスポットと環境省が認定しており、そこにコテージがありますが、週末は埋まるようになってきています」
塚崎「知事のフットワークの軽さに驚きますね!この官と民の距離感の近さが鳥取県で写真の力を活かした地方創生が上手くいっている理由なのでしょうか?」
柄木「はい。このケースも、わたしたちから知事にお声がけしたのではなく、知事の方から来たいとおっしゃっていただいたんです。鳥取県はこれだけ官と民が近いんです。この写真もわたしが公開してすぐにポスターにしようという話しになり、いい意味で官と民の役割分担は進んでいると実感しました」
」
塚崎「官は人事異動が頻繁でせっかく官と民でパイプができてもそれが人事異動で切れてしまうことがあると聞きます。鳥取県ではどのように対処していますか?」
平井「鳥取県でも平均して2年で人事異動がありますので、その課題は鳥取県にもあります。せっかくお付き合いが深まったのに人が変わってしまったため、またイチから説明しなければならないということを防ぐため、鳥取県では異動スパンを長くしたほか、プロジェクトを公募制にして、部署を超えたプロジェクトチームとして活動しています。これを採用してから県庁の気風は変わってきたと思います。最近ではツイッター連動の企画『流れ星に願いを #星取県チャレンジ』なども開催しており、より多くの方に『星取県に来て星い』と思っております(笑)」
塚崎「なるほど。そこは知事のリーダーシップで解決をされようとしているのですね。これから鳥取県でますます写真の力を活かした地方創生が進むことを楽しみしております。今日はありがとうございました」
平井、柄木「ありがとうございました」