2018年4月26日(木)~5月5日(土)、東京・渋谷ヒカリエにて「東京カメラ部2018写真展」が開催されました。開催期間中のイベントステージでは、人気フォトグラファー、写真業界関係者、歴代東京カメラ部10選などをお招きして、さまざまなテーマでトークショーが行われました。
5月4日(金)に行われた東京カメラ部特別企画のトークショーでは、写真家 立木義浩氏、アートディレクター 町口景氏にご登壇いただき、「モノクローム」というテーマでお話しいただきました。
立木「みなさんこんばんは。入り口の方に写真家 栗田洸洋さんの写真と、写真雑誌「月刊フォトコン」のコンテスト「モノクロ作品招待席」掲載作品から僕が選んだ10作品を展示しています。こちらを含めて会場を見ていただくと、皆さんの写真の見方の幅がグッと広がると思います。そしてこちらは、普段から僕の写真集のデザインなどをやってくれている、アートディレクターの町口景さんです」
町口「よろしくお願いします。今回はモノクロームというテーマで、立木先生の選ばれた10作品や、立木先生ご自身の作品などを紹介していきます」
立木「まずは、今回展示もしている写真雑誌「月刊フォトコン」のコンテスト「モノクロ作品招待席」掲載作品を見ていきましょう。ボルダリングの壁に電柱の影が写っていて、電柱を登っているように見えるのが現実から少し離れて見えてシュールで良いですね」
立木「テトラポットのようなものが海岸に埋まっているのだけど、その奥に人がいて、テトラポットの影が靴のように伸びている。どういう視線でものを見るかというお手本のような写真だよね。人がここにいることで遠近感が出て、面白い写真になったなと思います」
立木「クワバラさんという66歳の方の作品。会社を辞めるとちょっと寂しくなるのが写真に出ているのが良いのかな。写真って美しくて楽しいだけじゃないよね。見ているとその先に”人生にはそういうこともあるよな”という気持ちが湧き上がってくる。時間の経過を感じるよね。写真ってただシャッターを押すだけなんだけど、押す瞬間にそういうものが現れる。そういう表現が面白いなと思いますね」
町口「今回の写真は立木先生の事務所で全部プリントしているんですよね。よりそういう気持ちが表現されたプリントになっているのかもしれないですね」
立木「これは凄いなと思った。どう見ても飼い犬じゃないし、野良犬が首を下げている感じが怖いですね。撮った方は女性なんだけど、女性の図々しさというか向こう見ずさが出ていて、今の世の中を反映しているというか。後ろの雲もきれいで、一瞬外国かなと思ったくらい。いまはペットの時代だから可愛い動物はたくさん見ているけれど、可愛いものばかり見ている目にはちょっと棘のある写真で背筋がピンとなりますね」
立木「目の前にあるものをただ撮ろうというのではなくて、練り鍛えられているというか、一工夫しようとする心があって面白いですね。女の人の顔が見えなくて想像させるような、ある種二重露出のような撮り方もいいなと感じますね。ちなみにコンテストでは本人のプリントを僕が審査しているのだけれど、写っているものが素晴らしいだけでなく、プリントの良し悪しが賞には非常に関係してきますよね」
立木「新しい方向の写真じゃないかと思えますよね。60~80代の人たちは、テクニックもあるし写真も上手いんだけど、そこに焦点を当てて寄ってしまいがちなんだよね。でもこの写真は広めの画角の中でカラスと影が写っている。今までの写真の中でも”現代的に”凄いと思いますね。最先端の写真というのがアマチュアの中にも現れていると思っていて、ほかの写真と違うものがここにはあるよね。この写真が面白いと思う人はこれからの道に立って写真を撮るし、思わない人はこれまで通りの場所で写真を撮る。どちらも正解なのですが、そういうことを考えさせられる写真ですね」
町口「次は『エチュード』というタイトルの立木先生の作品を見ていこうと思います。エチュードというのは習作という意味ですね」
立木「1959年の写真ですね。僕が20歳くらいのとき。この時は誰かや何かのために撮っていなくて、単純に格好いいなと思ったものを撮っているんですよね。横浜の赤レンガ倉庫の辺りなんだけど、昔は進駐軍の倉庫になっていたり、鉄くずを回収していたりでいろいろなものがあった。どうして入れたのかがわからないんだけど、恐らく許可を取らないで、怖いもの知らずで勝手に中に入ったんだと思う。カメラはMamiya Cという6×6の二眼レフ。6×6は35mmのフォーマットとは全然感覚が違いますよね。二眼レフを覗くときってお辞儀するような格好になるし、人に優しくなれる気がする」
町口「縦位置、横位置の判別が永遠の課題だと思っているので、デザイナー的には6×6は使いやすいですね。どこでも切れますし」
立木「写真を切るなよ(苦笑)。写真家とデザイナーの戦いは永遠だよね」
町口「続いて先生が撮ったパリの写真です。これは…動物ですか?」
立木「これはネズミなんです。どういう意味なのかわからないんだけど、薬局のショーウインドウにネズミを飾ってあるって凄いよね。村上春樹の小説『羊を巡る冒険』に”ネズミは僕が正しく弔うことに失敗した死者である”と書いてあるんだけど、これを見たときにこのことなのかも、と思った。生きているものでも死んでいるものでも、物体はシグナルを送っているということを彼は言っているんだけど、そういう感受性を持っていると写す写真も違ってくると思う」
立木「これはエッフェル塔にきちんと正対している写真ではないんだけど、ここ何年かの写真の流れは、ある意味”ヘタウマ”というか、下手なんだけど味があるというものが増えていると思っているので、僕も色々やってみています。『稚拙美』という言葉があるということを考えると、どの世界のクリエイティブもその感覚を知っていたわけですよね」
町口「続いてキューバの写真です。先生が先ほどの『エチュード』を撮影したのが1959年ですが、キューバ革命の年ですよね。なにか思い入れはありますか?」
立木「世界的には大変なことが起きているのに、ああやって近場の部分的な写真しか撮れない自分がいるなと思ったよ。でも部分を撮っているうちに世界が見えてくるということもあるのかな。この写真はタクシーなんだけど、革命前のバチスタ政権ではアメリカと仲が良かったから、車も格好いいよね」
町口「こちらは東京で撮った写真ですね」
立木「写真に写っていない向こう側に、この犬の数だけの女性がいるんだよね。全員30代の女性で、結婚はしていないのかな。そちらの女性を撮れればよかったんだけど、もう僕はじじいだから怖くてできなかったんだよね。そういう哀愁を想像してもらえるといいな」
立木「きれいなだけだと面白くないという感覚があったから、こういう種類のポートレートを撮った。70年代の当時は美しいものには敏感だけれど、外れているものに対しては鈍感だった感じがするね」
立木「女性がまとっているのはベッドカバーなんです。ファッションの匂いもするけど、ファッション写真としては成立しない写真だと思う。当時はきっとよくわからない写真だったと思うけど、よくわからないものってみんな怖いんだよ。それが逆にこういう写真にいい効果をもたらしているんじゃないかな」
立木「写真というのはよく見ないとなにが写っているのかわからないことがあるけれど、町口さんは本当によく写真を見ているんだよね。写真の隅に何かが置いてあったり、写っていたり。撮った本人が気付かないものをよく気付いてくれる」
町口「写っているものに興味があるんです。カラー写真をモノクロに変換して見てみたりもしますね」
立木「池澤夏樹さんが『スティル・ライフ』という本の中で『面白いだろう、写真というのは。意味がなくても面白い。一つの山がその山の形をしているだけで見るに値する』と書いているんだけど、それを思い出したね。まとまりませんが、お土産も配ったことだし。あまり悪口は書かないようにね(笑)本日はありがとうございました」
町口「ありがとうございました」