2018年4月26日(木)~5月5日(土)、東京・渋谷ヒカリエにて「東京カメラ部2018写真展」が開催されました。開催期間中のイベントステージでは、人気フォトグラファー、写真業界関係者、歴代東京カメラ部10選などをお招きして、さまざまなテーマでトークショーが行われました。
5月5日(土)に行われたDJIのトークショーでは、東京カメラ部10選 別所隆弘氏にご登壇いただき、「翼を得たカメラ:ドローンが見せる新しい写真の世界」というテーマでお話しいただきました。
別所「本日はよろしくお願いいたします。世界最大のドローンメーカーDJIさんのドローンを『翼を得たカメラ』というテーマでお話ししようと思います」
別所「みなさんは、ドローンで撮られた写真と聞いて想像するのはどのような写真でしょう。頭に思い浮かべてみてください。僕は『鳥瞰視点』だと思います。下を向いても人間は地面しか見ることができません。物理学的な問題ですよね。例外として床が透明な観覧車などがありますが、どうしても人間は地面に立ってしか生活できず、鳥瞰視点というのはそれだけでも魅力的な写真になるんです」
別所「地面から普通の一眼レフで撮影した写真とドローンの鳥瞰視点で撮影した写真を見比べていきたいと思います。まずはこの写真。写真としては平凡な一枚ですね。撮ったはいいけれど二度と見返さない写真。いや、撮ったときには動機はあるんです。雲も稲もキレイですよね。スナップ写真家であればもっと素晴らしい写真を撮るのでしょうが、僕はそれが苦手なんです」
別所「ドローンを飛ばして撮ってみました。平凡な一枚にしか撮れなかった場所も鳥瞰視点だと美しく見えます。なぜかと言うと直線なんですよね。直線によって秩序が作られています。地面にいるとここまで直線の道路が走っているとは気付きません」
別所「これは滋賀県でもっとも有名な観光地。メタセコイヤ並木です。撮り尽くされた場所ですね。どう撮っても直線が効果的に入るのでうまく見える場所ですが、もう同じような写真が溢れかえっています。撮らされちゃうんです。メタセコイヤが余計なことをするなと呼びかけてくるんです(笑)」
別所「ドローンを飛ばすと、メタセコイヤ並木の右にはビニールハウスがあり、左には平地があり森が襲いかかってきています。地面にいると整然としたメタセコイヤ並木しか見ることができませんが、上に上がると自然の力も見えてきます」
別所「つまり、ドローンによりこれまで見ることができなかった世界を見ることができるようになると、構図のパターンも無限に拡がってくるわけです。ドローンを導入するのはチャンスだと思います。国土交通省の申請もやりやすくなっています」
別所「この3枚だったら、みなさんはどの写真を選びますか? 3枚目? 僕も同じ意見です。最初は1枚目に感動するんです。でも、ある程度飛ばすといつも同じだなと気付きますし、展望台があれば同じ写真は撮れてしまいます。2枚目はごちゃごちゃしすぎ。意図していない線は邪魔ですよね。3枚目はスッキリとしていてポイントとなる赤も入っています。10秒回しているあいだにこれだけのバリエーションが撮れるのが魅力です」
別所「熊本県の天草でドローンを飛ばしました。ドローンは高度が変わると見え方がガラリと変わります。飛ばしているうちに橋を主題にしない方がいいかもしれないと気付いたんですね。最終的に納品は約150mの高度から撮影した作品にしました。この影の大きさによって橋の巨大さが伝わると思いました。従来のカメラでは人間の目線150cmからの撮影、ドローンでは150cmから約150mまで幅が拡がります。飛行機であれば数千m、グライダーでも数百m。150mというのは建物もあるし危険なので、これまでは鳥などだけしか見ることができなかった世界なんです。その高度で写真を撮ることができるのは可能性の拡大です」
別所「写真家としてはカメラのセンサーサイズは大きいほど助かります。しかしドローンでは機体の性質上、センサーサイズは小さくせざるを得ません。撮影後の現像はどうしても破綻が起きてしまっていたんですが、『Phantom 4 Pro』という機種から1インチセンサーが搭載されるようになりました。高級のコンデジに使われるサイズですね」
別所「1インチセンサーを搭載したことで現像処理をして写真を意図した通りに仕上げられるようになりました。これで僕は購入を決断しました。撮影機材としてドローンは真剣に導入を検討するに値するものになったと言えるのではないでしょうか」
別所「自由になったことで、難しさと可能性の両方をはらんでいると思います。改めて写真とは何かを問うていきたいと思います。ここから後半戦です。『写真』は『真実を写す』と書きますが、『photograph』は『光の画』です。いまはカメラの性能が向上して簡単に写真を撮ることができ、スマホ上でも誰でも画像を編集する時代になっていますよね。そうなると、みんな写真を自分を思い描くように変容させていきますし、それがSNSによって拡散される時代になったと思います。つまり、カメラ・写真は人間の世界認識を変容する可能性を持った芸術になったのではないかと。しかしこれは昔から言われていたことなんですよね。ホムンクルスって知っていますか? コビトです。17世紀の科学者が顕微鏡で精液を見たところ、中に2匹のホムンクルスが見えて、だから性交により子どもができるんだと考えられました。これが200年も続いたんですよ。人間の染色体でも、23番目の性染色体の長さの違いによって男女が決まるということが20世紀に大学院生が気付いたわけです(福岡伸一『新版 動的平衡: 生命はなぜそこに宿るのか』を参照)。これ以降、科学者はみんな性染色体を見つけられるようになりました。どういうことかというと、ドローンの登場と一緒だと思うわけです。ドローンで今まで見えなかった世界を『見える化』する力があり、世界認識の在り方を変えてしまうのではないでしょうか」
別所「この東寺の写真はバズりました。その翌年は同じ写真が世の中に溢れ返り、ここから撮ることが定番化しました。定番というのは『美しさの文法』『美しさのロジック』。少しでも構図を変化させるとロジックが変わって違和感が生まれてしまいます。それが世界中のあらゆる場所で起こっています。ドローンはいままさに黎明期。動画用として生まれたドローンをいかに使いこなしていくかチャレンジできる時期だと思います。これにいち早く気付いたのは、ナショナルジオグラフィックでした。コンテストに『AERIALS』というカテゴリーが設けられました。空撮により切り拓かれる世界があると認識しているんです。ナショジオはエコロジーも大切にしていますが、ドローンは生態系を傷つけずに撮影をする最良の方法だとも思うんです」
別所「滋賀県のメタセコイヤ並木は、紅葉の時期になると関西中のインスタグラマーがやって来ます。収束点に向かうストライプの道、圧縮効果によって生い茂る紅葉した葉、完璧な美しさですよね。これを崩すことは難しいです。しかしある年、友人がドローンで真上から撮りました、美しいですよね。これは僕がそれを真似て撮った写真ですが、大きな衝撃を受けました。ドローンを導入することで再生から逸脱できたんです。新緑のときや、日射しがスポットのように差しているものなど、さまざまなメタセコイヤ並木を撮り続けています」
別所「定番からドローンがいかに逸脱できるかを、僕がよく撮影する琵琶湖の白髭神社を例にお見せします。神社なので動かすことはできませんし、向こう側は水なので、通常のカメラでは撮り方に大きな制限が出ます。僕も何年間も撮っていますが、1万枚以上撮って作品は6枚しかないのです」
別所「これをドローンで撮れば、途端に定番から逸脱できます。鳥居の向こうに小さく僕が写っています。掟破りのセルフィーですね。ただ、定番を崩してドローンを飛ばすと、逆にまったく美しくない場所も存在します。定番というのは繊細なバランスの上に成り立っているんですよね」
別所「福井県の刈込池という定番の撮影地です。ここは少しでも構図を変えると余計なものが写るので、ここからしか撮れません。ここをドローンで撮ると、誰も見たことがない刈込池になりました。カメラの角度を変えて見たら雲海が出ていて、朝日を浴びた山まで写り名作になりました」
別所「今年のヒカリエのテーマは『世界はもっと美しい。』ですが、ドローンでそれを発見することができます。長浜市伊吹山ドライブウェイで許可をいただき撮影しました。担当者からドライブウェイを上から撮ったら絶対に美しいと思うんです、と言われて実際に撮ってみたら想像を絶する美しさでした。S字カーブって本当にS字なんですよ。この場所に行っても実際には同じ景色を見ることはできませんが、この写真を美しいと思い記憶してもらえれば、ここに行ったとき、いまこんな美しい場所にいるんだ、と感じてもらえるんです。観光資料の世界ではドローンがとても注目されています」
別所「天草市の観光資料もドローンで参加させていただきました。素晴らしい小冊子です。つまり、ドローンで撮ることで経済的な広がりが生まれる可能性があると認識されているんですね」
別所「最後にこの写真を見ていただきたいです。4枚の写真を合成し、縮尺50%で圧縮して切り取っているんです。ドローンで撮影緒すると風景って奥の方が平べったくなっていきますが、人間が眼で見ている風景はもっとでこぼこしています。つまり、ドローンの描写を人の認識に近づけるように写真家が考えていかないといけません。ドローンは可能性も秘めているけれど、難しさも秘めているカメラだと思うんです。そんな両面を知っていただき、このトークはおしまいにしたいと思います。ありがとうございました」