トークショーレポート

Talk Show Report

日経ナショナル ジオグラフィック「公式写真集『この世界とともに。』発売記念トークショー『写真の物語』」

2024年9月20日(金)~9月23日(月・祝)、東京・渋谷ヒカリエにて「東京カメラ部2024写真展」が開催されました。開催期間中のイベントステージでは、人気フォトグラファー、写真業界関係者、歴代東京カメラ部10選などをお招きして、様々なテーマでトークショーが行われました。

9月23日(月・祝)に行われた日経ナショナル ジオグラフィックのトークショーでは、日経ナショナル ジオグラフィック書籍編集長の尾崎憲和氏、東京カメラ部10選の井上浩輝氏、Sachiko氏、たけもち氏、半田菜摘氏にご登壇いただき、「公式写真集『この世界とともに。』発売記念トークショー『写真の物語』」と題して、作品について語っていただきました。

日経ナショナル ジオグラフィック「公式写真集『この世界とともに。』発売記念トークショー『写真の物語』」

東京カメラ部運営 塚崎(司会)「東京カメラ部の塚崎です。本日ご登壇いただくのは、東京カメラ部10選の井上浩輝さん、Sachikoさん、たけもちさん、半田菜摘さん、そして日経ナショナル ジオグラフィック書籍編集長の尾崎憲和さんです。よろしくお願いします。」

井上「井上です。よろしくお願いします」

Sachiko「Sachikoと申します。本日はよろしくお願いします」

たけもち「大阪から来ました。よろしくお願いします」

半田「ナショナルジオグラフィックの服を着て張り切っています。半田です。よろしくお願いします」

日経ナショナル ジオグラフィック「公式写真集『この世界とともに。』発売記念トークショー『写真の物語』」

塚崎「写真集は、会場出入り口付近の販売コーナーにて発売中です。東京カメラ部10選2023全員の写真が掲載された会場限定版のカバー付きとなっており、この会場でしか買えません。カバーをめくると、Sachikoさんの作品がプリントされた通常バージョンが出てきます。
本トークショーの後は登壇者によるサイン会を開催します。また、会場内には写真家のみなさんがたくさんいますので、この機会にぜひ写真集をお買い求めいただき、サインをしてもらってください」

日経ナショナル ジオグラフィック「公式写真集『この世界とともに。』発売記念トークショー『写真の物語』」

塚崎「それでは早速、半田さんの作品からお伺いできればと思います」

半田「エゾモモンガという手のひらサイズの動物が木の穴から顔を出してる写真です。今年2月に出版した写真集の表紙になっていたり、自分が10選になった際の展示で飾っていたりして、インパクトがあり、自分が覚えてもらうきっかけになった一枚だと思っています」

尾崎「可愛いだけではなくて、作品として見ると木がきれいなんですよ。質感もいいし、ゴツゴツしたところからもふもふしたモモンガが顔を出していると。スライドで見るとわかりにくいかもしれないですが、プリントで見ると質感がよくわかります。できればぜひ写真集でも見ていただきたいですね」

塚崎「半田さんの写真集は、カバーが特徴的ですよね」

尾崎「帯の部分ですね。出版社の僕の立場から言うと、お金がかかっています。一色だともう少し安いんです。表紙ってとても大事なんです」

半田「表紙を見て手に取ってもらうことも多いです。書店で平置きしていただいているときに目立つと思います」

日経ナショナル ジオグラフィック「公式写真集『この世界とともに。』発売記念トークショー『写真の物語』」

半田「こちらの作品は、『時を経て』というタイトルをつけました。私は野生動物を撮るときに、川沿いを散策して動物の痕跡を探すのが好きなのですが、エゾシカの頭骨が落ちていることが多いんですよね。川沿いで亡くなることが多いのかなと思うのですが、これを見たときに、川はずっと流れていて、こうして時が流れているのに、このエゾシカはずっとここで時が止まっている。そのギャップに興味が湧いて、あえてフィルターを使って長秒で撮影して、時が止まっている様子を表現しました」

塚崎「半田さんが長秒をするのは珍しいですよね」

半田「初めてかもしれないですね。最初で最後かもしれないです。今回はチャレンジしてみました」

日経ナショナル ジオグラフィック「公式写真集『この世界とともに。』発売記念トークショー『写真の物語』」

半田「ここでみなさんにクイズです。このシカの頭を見ると年齢がわかります。推定何歳でしょうか?
二択です。三歳から四歳、または四歳以上。写真を見てなにかを数えている方は知識がある方ですね。
正解は四歳以上です。分かれているツノの数によってある程度の年齢がわかります。一歳だったら一本で、二歳になって初めて二股に分かれます。四歳だと四股になるのですが、この写真では向かって右側が四股になっているため少なくとも四歳以上ということがわかります。しかし、向かって左側は二本になっています。ある程度の年齢になるとツノの形が変わっていくので、このシカはもしかしたら、四歳以上といわず八歳以上くらいかもしれないですね。動物を撮っていると面白い知識がつくので、クイズにしてみました」

日経ナショナル ジオグラフィック「公式写真集『この世界とともに。』発売記念トークショー『写真の物語』」

半田「これはヨダカという野鳥です。あまりメジャーではないのですが、地味で目立たないのでいざ撮ろうと思うと難しいんですよね。このときは親子で並んでいまして、奥が親、手前が子どもです。親が卵をあたためているときから観察していました。せっかくなら親子で撮りたいと思っていたのですが、親がお腹のなかに隠してしまうので、子どもが卵から孵ってもすぐには姿が見えないんですよ。卵から孵って二週目でやっと姿が見えて撮影できた一枚で、大切にしている作品です。今回の公式写真集にも収録されているので、よろしければお手に取ってみてください」

日経ナショナル ジオグラフィック「公式写真集『この世界とともに。』発売記念トークショー『写真の物語』」

塚崎「続いてたけもちさんお願いします」

たけもち「これはニュージーランドの天の川とタラナキ山の星空の写真です。この場所だと夕焼けや朝焼けの写真はよく見るのですが、星空は見たことがありません。方角的に撮れるのではないかなと思い、行ったら見事なリフレクションも撮れました。実は片道三時間かけて登ったところにある池で撮影したのですが、初めて登ったときには真っ暗で雲に一面覆われていて、どうにもなりませんでした。翌日起きたら晴れ予報だったので、今日なら撮れるのではないかと思ったのですが、その日は移動日で。諦めて次の場所に行くか、短い時間で行って戻ってくるかの選択を迫られたとき、一緒にいた友人が『もちろん行くよな?』と言ってくれたんです。写真もそうですが、旅の思い出や苦労などすべてが込もった、一生残る一枚になったと思います」

塚崎「写真は現実にある世界を被写体にしているので、思い出や人と結びつきますよね。AIなど技術が進歩していますが、写真とは、我々が住んでいる世界を撮っていることに価値があるのかなと思います」

日経ナショナル ジオグラフィック「公式写真集『この世界とともに。』発売記念トークショー『写真の物語』」

たけもち「ここでクイズです。ニュージーランドでほぼ年中見られる星座があります。北斗七星のように常に見ることができる星座があり、ニュージーランドの国旗にも描かれています。分かる方いらっしゃいますか?ヒントは日本の八重山諸島でも春に観測することができることと、十字架の形をしていることです。はい、もうわかりましたね。正解は南十字星です」

日経ナショナル ジオグラフィック「公式写真集『この世界とともに。』発売記念トークショー『写真の物語』」

たけもち「元々ずっとニュージーランドに行きたいと思っていて、どこか行きたい場所は?と聞かれると必ずニュージーランドと答えていました。去年自費で行こうと考えていたところ、タイミングよくニュージーランド航空からお声がけいただいて、本当に夢に見ていた星空を見ることができました。自分が行きたい場所や、やりたいことをしっかり言葉や文章で発信すること。そして努力すること。そうすると夢は絶対叶うと思います」

塚崎「ちなみに写真を始めて何年くらいですか?」

たけもち「新型コロナウイルスが流行りだしてから始めたので三年くらいです」

塚崎「一生懸命やっていると夢が叶うというドラマに感動しつつ、三年でそれだけの実力を身につけられたことに驚きです。続いての作品です」

日経ナショナル ジオグラフィック「公式写真集『この世界とともに。』発売記念トークショー『写真の物語』」

たけもち「先月(8月)アイスランドに行ってきた際に撮った作品です。アイスランドは夏が観光シーズンで、雪や氷が溶けて、夏になると各所に滝がたくさん現れます。ここは観光地になっていて、滝の周りをぐるっと周ることができます。水しぶきが激しいのでカッパを被って行く場所なのですが、夕方になると夕日が差し込んで黄金色に輝きます。普段持っている広角レンズが14mmなのですが、このときは素晴らしいアイスランドの景色を収めたくて10mmを持って行きました。元々10mmのレンズは持っていなかったのですが、キヤノンさんからお声がけをいただいてお借りしました」

塚崎「活動しているといいことがありますね。半田さんと井上さんも経験があるんじゃないでしょうか?」

半田「私はニコンさんとまさにこのヒカリエで出会いまして、いろいろお仕事をさせていただいています」

井上「僕も、元々ソニーではないメーカーのカメラを使っていたのですが、写真展でソニーさんに話しかけられて、いまではカタログを撮ったり、いろいろなお仕事をさせていただいています。素晴らしい場だと思います」

尾崎「アイスランドはどこに行っても絶景ですが、セリャラントスフォスは特に有名な場所ですよね。当社が出している2024年のカレンダーの4月の写真がこちらの場所です。時間帯がすごくいいですよね。夕日がちょうど地平線に沈んでいくところで、水辺にピンク色が反射している。それだけでなく、緑も軽く色づいていて、没入感がある。その場にいる気持ちになれるような写真ですよね」

日経ナショナル ジオグラフィック「公式写真集『この世界とともに。』発売記念トークショー『写真の物語』」

塚崎「続いて井上さんの作品です」

井上「いきなりですがこの200という数字、なんだか分かる方はいらっしゃいますか?今回のクイズの中で一番難しいかもしれません。 実は僕が把握している、北海道内にあるキツネの巣の数なんです。春になると、この穴のどこかから新しいキツネの子たちが出てくるので、春は毎回200個の巣の前に行って観察をしています。函館とか根室とか、ときには稚内。僕は毎週水曜日に大学の授業のために東京まで通勤しないといけないんですが、そうすると必ず水曜日の朝には撮影を終えないといけない。ときには家の近くの旭川空港からのチケットを捨てて、釧路空港から羽田に飛ぶなど、無茶なこともしています」

塚崎「以前井上さんと一緒に北海道で撮影をしたことがありますが、巣穴の場所が本当に頭に入っていますよね」

井上「最近は多すぎてGoogle Mapsも活用しています。晩秋のうちに見つけておくのが大事ですね。六月あたりからは、草に覆われて見えなくなりますから」

日経ナショナル ジオグラフィック「公式写真集『この世界とともに。』発売記念トークショー『写真の物語』」

塚崎「そうするとこういった作品も撮れてくるんですね」

井上「こちらは写真集にも入っていますし、展示もさせていただいています。冬のキツネはもふもふです。美しさというのは厳しい自然があるからこそだと思うんですよね。それもあって僕は冬のキツネばかり撮っています。こちらは70mmのレンズを使っています。僕は特殊な撮り方をしがちで、自分の身を隠すのではなく、見せてしまうんです。見せることで同じ空間を共有することを許してもらい、そのときにシャッターを切るんです。ブラインドに入ると、一つの方向からしか撮れないことが多いです。しかし自分の身を見せることを許してもらえれば、僕は自由に動けますから、背景のバリエーションが増えます。より少ない機会でもたくさんのバリエーションを撮ることができるんです」

塚崎「本当に地面にゴロンと寝転がるんです。そうするとキツネが『この人どうしたんだろう?』とじっと止まるんですよね」

井上「キツネは賢い生き物ですから見に来るんですよね。あとは足を見せないことが大事です。足が見えない状況だと僕のリーチは縮まりますから、キツネが近づける距離も縮まるんです。寝転がれば手が届くギリギリの距離まで来てくれる確率が高まります。やっぱり動物は目の高さ、あるいはそれよりも下から撮ってあげるのが大事なんです。上から叩くように撮ってしまうと人間の目線になりますが、目の高さで撮れば背景がボケますから、よりきれいな写真になるのかなと思います」

日経ナショナル ジオグラフィック「公式写真集『この世界とともに。』発売記念トークショー『写真の物語』」

塚崎「そしてこちらが名作ですね」

井上「二匹の追いかけっこするキツネですね。ナショナル ジオグラフィックがアメリカで開催したフォトコンテストで、日本人として初めて一位になった作品です。こちらを横幅2mくらいまで大きくしてプリントし、番号を付けて一枚80万円で販売しました。様々な人の手に渡っていき、オークションハウスのオークションで取引してもらうようにまでなっています。2019年には500万円を超える金額で取引されていて、今年の5月にもまた取引されているのを見に行ったのですが、アンセル・アダムスやブレッソンといった写真家の作品と並んでいるのを見たときには身震いましたね」

尾崎「モニターでは伝わらないかもしれないですが、色が淡くて美しいんです。ナショナル ジオグラフィックはドキュメンタリーなので、現実の色と解離しすぎていては掲載できないんです」

井上「雑誌掲載は大変でしたね。ワシントンの方からRAWファイルを見たいと言われたり、現像過程を見たいと言われたり。海外出張の直前の空港で現像過程をiPhoneで撮って説明したことを覚えています。それくらい雑誌掲載は大変なんですよね」

日経ナショナル ジオグラフィック「公式写真集『この世界とともに。』発売記念トークショー『写真の物語』」

尾崎「そうですね。できればプリントで見ていただきたいと思っています。こちらの写真集に掲載されているので、ぜひご覧ください」

井上「この写真集を出す際に、東京カメラ部のみなさん、そしてカメラ部を楽しんでくださっている多くの方にご支援いただきました。当時クラウドファンディングがまだあまり知られていなかったころにようやく出せた一冊です。印刷の賞も受賞しており、印刷技術も詰め込まれています。ぜひ手に取って見ていただければと思います」

日経ナショナル ジオグラフィック「公式写真集『この世界とともに。』発売記念トークショー『写真の物語』」

井上「これは十字狐というレアなキツネが、北海道で最も小さいトガリネズミを追いかけている一枚です。キツネは余裕の表情で追いかけていますよね。逃げられるなら逃げてみろ、とでも言わんばかりの。これは面白い瞬間でしたね。大学生向けの生物の基本書の表紙にまでなっていて、食物連鎖を印象付けるような一枚です。こういった、次の瞬間なにが起きているんだろうと想像させるような一枚が撮れると嬉しくなります。写真の楽しみなのかなと思います」

塚崎「ユーモラスでもあり、現実を突きつけられているようでもあります」

井上「よくこのあとどうなったのか聞かれるんですが、トガリネズミはかじると酸っぱいらしくて、食べているところを見たことがないんです。でも遊ぶのが好きなようで、亡骸はよく見ます。」

塚崎「この話の流れだと無事逃げられました、だと思ったんですが。残念ですね」

日経ナショナル ジオグラフィック「公式写真集『この世界とともに。』発売記念トークショー『写真の物語』」

塚崎「続いて、Sachikoさんよろしくお願いします」

Sachiko「このメンバーの中ではかなり変わり種である私がトリを務めさせていただきます。これは東京カメラ部2023の10選に選出していただいた作品で、ありがたいことに写真集の表紙にも投票で選んでいただきました。これは明治時代に建てられた祖父母の家で撮影しています。既存の浮世絵を後から合成して作り上げた一枚です」

塚崎「写真集は先ほど申し上げた通り、書店版と会場版で表紙が異なります。Sachikoさんの作品は書店版の表紙に投票で選ばれました。この書店版の表紙の上に会場版カバーが付いてくるので、会場版をご購入いたいた場合は両方の表紙が手に入るお考えください。この作品は変わった雰囲気ですが、撮るきっかけや経緯などはあったのですか?」

Sachiko「私はもともと美術の出身で、ずっと日本画を勉強してきました。その方面でもありがたいことに評価をいただいて、海外の展示のお話しもいただいていたりして、これからというタイミングで新型コロナウイルスが流行ってしまい、全ての予定が白紙となってしまったんです。そのときはかなり心も病んでしまいました。でもただ家で落ち込んでいるだけでは前に進めないと思い、ひとりで完結できて、着物やメイクなど好きなことも楽しめて、外で自然や建造物に触れ気分転換をしながら表現できることを考えた結果、このようなセルフポートレートという表現に辿り着いたんです」

塚崎「セルフポートレートの場合ひとりで撮影に出掛けられるので、あの状況でも問題なくできたのですね」

Sachiko「緊急事態宣言も出ていましたし、一ヶ月先がどうなるかも分からない中で、もちろん配慮はすごくしていましたけれど、ひとりで動けるようなものであれば表現を続けられるのではと思いました」

塚崎「尾崎さん、このように制約の中からアートが生まれることもあるのですね」

尾崎「とても興味深い作品だと思って見ておりました。どのように撮ったのだろう、描いているのだろう、と考えていましたが、後でお聞きしたら合成をされていると。このような世界はこれからもっと出てくるのではないかと思うんです。かつては写真をトリミングするなとか、現像をすべきかどうかという議論もありましたが、そのようなものが徐々に自由になり、写真を素材にして作品を創り上げていくという発想も出てきました。新たな表現が定着するとき、マスターピースといいますか、象徴となるような作品が出てくると、なるほど、このようなものもアリなんだ、自分も撮ってみようという人が出てきて、新たなジャンルが確立されていく。そんな過程をいままさに拝見している気がして、僕はとても好きですね」

Sachiko「賛否両論はもちろんあると思います。撮って出しを大事にされてる方ももちろんいらっしゃるなか、合成をしたり、さらに絵を足したり、自由自在にやらせていただいていますから、この作品を10選に選んでいただけた去年の年末、少し認めていただけたと、感慨深い気持ちでした」

塚崎「逆にそのままを撮っていらっしゃる半田さんから見ていかがですか?」

半田「完全にアートの世界ですよね。私も最初は襖に絵がある状態で撮ったのかなと思ったんですが、お話を聞いてすごく面白いと思いました」

塚崎「アートの世界では井上さんは先輩ですね」

井上「本当に自由で素敵だなと思います。僕自身、尾崎さんからお話が出たように、トリミング、現像は自由にやるべきだと思っていますし、実は父が日本美術の研究者だったんです。ですから僕もそこから、様々な欲しいのをもらっていたと言うと大げさですが、そのような環境で育った身としては、もっともっと自由にやっていきたいと考えています。そして、三次元にあったものを、二次元の中にどうかっこよく投影するかということを考えるとき、日本美術というのは最高の教科書であり、伝統です。それを身に付けていらっしゃるとなれば、強い味方になってくれて、さらに新しいものが生まれると思います。そう思うと僕はすごく楽しみですね」

塚崎「これは、撮った後にアレンジを考えるのですか?」

Sachiko「よく質問いただくのですが、美術出身ということもあって、やはり他の写真家さんと考え方やプロセスが違うということを、今回色々な方とお話をさせていただくことで感じました。基本的に最初にラフ画が存在します。ただ撮るときも、写真の上からあとで絵を重ねると決めているときも、ラフ画を必ず描いてから撮影に向かっています。ラフ画をもとに写真を撮り、ラフ画をもとに清書をするような形で作品を完成させるという考え方ですね」

塚崎「二次元で静止画なんですけど、動きがある感じがしますよね」

Sachiko「それはあえて狙っています。全部の作品がそうではないのですが、こちらは既存の浮世絵を合成させた初期作品で、現在の制作スタイルのもとになりました。二次元には本来、時間軸がないじゃないですか。平面で動かないものであるはずの二次元の部分、つまり絵の部分にあえて時間や空間を感じさせるような迫力や遠近感を持たせています。 逆に三次元の世界に生きているはずの人物は、ポージングも含め、あまり動きがない静の印象にしています。本来動かないはずの二次元に動きがあり、本来好きに動けるはずの三次元に動きが少ないというあべこべな画面構成が、作品に強烈なインパクトを生み出しているのかなと思います。そのような“違和感”の生成は、作品を制作する中でも重要視している部分です」

塚崎「実は東京カメラ部の歴代の10選の方には絵を描いていらっしゃる方は多いです。日本画は二次元的に三次元を描くじゃないですか。その発想が影響しているんですかね」

Sachiko「西洋の絵画に比べて、日本ではずっと鎖国をしていて、独自の芸術も生まれました。輪郭線を真っ黒に描ききるというところも独特ですね」

塚崎「北斎もそうですが、西洋だと立体をどのように二次元の中で表現するかという技術が追求されていましたが、逆に平面的なジャポニズがヨーロッパで流行りました。そのような流れがここにまた帰ってきているような感覚がありおもしろいなと感じます。ここでクイズをお願いします」

日経ナショナル ジオグラフィック「公式写真集『この世界とともに。』発売記念トークショー『写真の物語』」

Sachiko「この作品を撮った2022年初めくらいのときは、自分で描いた日本画を写真に合成するのではなく、既存の浮世絵をスキャンして合成しています。では、この作品の作家は誰でしょうか。お分かりになる方いらっしゃいますか?作家の代表作ではないです。代表作は『がしゃどくろ』や血みどろ絵やだまし絵だったりします」

塚崎「正解を見てみましょうか。見たら、ああと思うはずです。歌川国芳です。僕は好きなんですよね。独特な気味の悪さがあります。検索していただいたらきっとファンになると思います」

Sachiko「構図も独特で、彼が生きた時代の日本にはカメラやレンズなどなかったはずですが、広角で下から煽ったかのような構図の作品もあったりします。そのような面でもとても参考になると思いますので、ぜひ見ていただきたいです」

日経ナショナル ジオグラフィック「公式写真集『この世界とともに。』発売記念トークショー『写真の物語』」

Sachiko「普通の写真も撮っています、ということでこちらの作品を紹介させていただきます。桜の名所が近くにあり、そこである程度撮影した後、遠くのほうで白くボーッと光っている場所があったので近づいてみたところ、この桜の木があったんです。名所でも何でもない、名もなき桜が咲いている農道みたいなところだったのですが、本当に神秘的な景色で、撮影が終わってからもしばらく眺めていました。30分くらいしたら光の角度が変わり、全体的にしらっとした雰囲気になり、ふつうの景色に変わってしました。私は普段から、日本で生まれた万物に神が宿るという価値観を大切にしながら作品制作しているのですが、そんな自然を大切にしている気持ちが、この場所に辿り着かせてくれたのかなと思っています。ちょっとスピリチュアルな話ですが、しんみりと感動しながらこの場所を後にしました」

塚崎「こちらは写真集に載っています。真ん中に写ってるのはご本人ですね。ライトを当ててるわけではないのですか?」

Sachiko「そうなんです。全て自然光で、タイミングも何もかも完璧な瞬間で、本当に神様が連れて行ってくれたのかなと感じるような感動的な瞬間でした」

塚崎「着物は撮影地を見つけてから着ていたら間に合わないじゃないですか。撮影に出る前に決めてらっしゃるのですね」

Sachiko「先ほどラフ画が存在しますとお話ししましたが、同じように着物のコーディネートも撮影地の配色や明るさなどを考えながら事前に組んで、当日は着物を着た状態で撮影に向かっています。そこについても日本美術の緻密なプロセスをそのまま写真表現に置き換えたという、ちょっと変わった考え方からきているかなと思います」

塚崎「これはポイントだと思います。そこにあるものをそのまま受け入れて、その中から良いものを見つけて撮るというプロセスもあれば、自分たちでこういうものを撮りたいと構想していき、ご自身が写り、そこに日本画の要素も加えていく。これはすごいですね」

Sachiko「変わった考え方だと思うので参考になるかはわからないですが、こんな考え方もあるよ、と面白く思っていただければと思います」

日経ナショナル ジオグラフィック「公式写真集『この世界とともに。』発売記念トークショー『写真の物語』」

塚崎「そしてこちらの作品です」

Sachiko「海で撮った作品に、クロスフィルターを使って、別で撮った線香花火の写真を合成しています。私は日本の文化や考え方の中でも死生観をすごく大事にしていて、それを表現した作品です」

塚崎「作品ごとにテーマがあるのですね」

Sachiko「何も考えずに、その場のインスピレーションで撮るタイプではなく、何を表現したいのかを明確にしてから撮影に行くことが多いですね」

塚崎「撮影地はどうやって選ばれるんですか?」

Sachiko「日本の文化と四季は切っても切り離せないので、どうしても四季を追いかけることが多いのですが、そのなかで自分が表現したいものから逆算して場所を考えることが多いです」

塚崎「ありがとうございました。四者それぞれの撮影スタイル、テーマでしたね。ご紹介した写真は写真集に掲載されています。会場限定のカバーも販売していますし、サイン会も実施しますので、ぜひ購入して、登壇者の方々にお声がけしてみてください。本日はありがとうございました」

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