トークショーレポート
Talk Show Report
2024年9月20日(金)~9月23日(月・祝)、東京・渋谷ヒカリエにて「東京カメラ部2024写真展」が開催されました。開催期間中のイベントステージでは、人気フォトグラファー、写真業界関係者、歴代東京カメラ部10選などをお招きして、さまざまなテーマでトークショーが行われました。
9月23日(月・祝)に行われた富士フイルムイメージングシステムズ株式会社のトークショーでは、FUJIFILM10選の中村祐太氏、sallu氏、齋藤沙也花氏にご登壇いただき、「教えてFUJIFILM10選!〜十人十色、フィルムシミュレーションのこだわり~」というテーマでお話しいただきました。
塚崎「みなさま、こんにちは。東京カメラ部代表の塚崎です。この回では、『教えてFUJIFILM10選!〜十人十色、フィルムシミュレーションのこだわり~』というテーマで、2023年に富士フイルムイメージングシステム株式会社が開催したフォトコンテストの受賞者であるFUJIFILM10選の中から3名をお迎えしてお送りしてまいります。中村祐太さん、齋藤沙也花さん、そしてsalluさんです。よろしくお願いします。順番に自己紹介をお願いいたします」
中村「中村祐太と申します。ふだんは風景写真をメインに撮影しています。写真をはじめたのが18歳、高校2、 3年生くらいからはじめて7年経ち、いまは25歳です。愛知県在住、もともとは兵庫県に在住していましたので、西日本の写真が多いです。最初は高校生でしたから電車など公共交通機関で回れるところ、かつ日帰りできる場所で撮ることがほとんどでしたが、社会人となり車で移動できるようになってからは日本中行けるところは自走で回っております。趣味としてやっているので、基本的には土日祝日に遠征して全国で写真を撮っています」
塚崎「季節や時間帯によって、色味が変わってくるというところでフィルムシミュレーションを使うようになったそうですね」
中村「そうなんです。季節や時間帯によって同じ場所でもさまざまな色の写真を撮れますが、そのときにフィルムシミュレーションを選んで撮っていく撮影の楽しさが富士フイルムのカメラにはあると思っています」
齋藤「北海道で野生動物や四季折々の風景を撮影している齋藤沙也花と申します。4年前に富士フイルムのカメラと出会ってから、北海道で野生動物や風景写真を撮影する楽しさを知りました。わたしも平日は仕事をしているので、休みのたびに撮影に出掛けているような状態ですね。今日は北海道の魅力などを少しでもお伝えできればなと思っています。よろしくお願いします」
sallu「salluです。いちおう人間です。2018 年の東京カメラ部10選に選んでいただいています。主に仕事では人物や企業案件をやらせていただいております。最近は神社仏閣などの伝統行事の裏側に密着して取り組むこともさせていただいています。よろしくお願いします」
塚崎「フィルムシミュレーションとは何だろう、と思っていらっしゃる方もいるはずですので、まず簡単にご紹介したいと思います。富士フイルムはフィルムの製造からスタートした会社でございまして、その技術を駆使したカラーサイエンステクノロジーです。1934年創業当時から追求してきたフィルムに関する画質設計のノウハウをデジタルにも反映させるということで、2004年にフィルムシミュレーションを初めて搭載したモデルとして、FinePix S3 Proを登場させました。登場から今年で約20年の節目の年となります。現在は20種類のフィルムシミュレーションをお楽しみいただけるようになっていて、フィルムで撮るときのような驚きと発見があり、撮影者の想像力を刺激し、写真の可能性を広げるものとなっています。フィルムシミュレーションはPROVIA/スタンダードというものを基準に設計されており、全20種類の多彩なバリエーションからその時の感性に応じたモードを直感的に切り替え、思いのままに情景を切り取る感覚は、富士フイルムのユーザーから高い支持を得ております。会場の中で、フィルムで写真を撮っていた方はいらっしゃいますか? ああ、もう数少ないですね。ではご存知ないかもしれないですが、昔は色味を変えようと思うと、フィルムを変えるしかありませんでした。どのメーカーのなんというフィルムが好きとか、この人はこういう色が好みだからこのフィルムだよね、とか言っていたんです。Velvia/ビビッドは派手だったり、PROVIA/スタンダードは少ししっとりだったりとか。今日は風景だからこのフィルムだよねとか、今日は記念撮影だからこのフィルムだねとか、そんな話を昔はしたものでした。富士フイルムは、フィルムの時代から色を作っていたということです。どんな色を人間が好むのか。現実に見た色と人間が記憶した色は異なるんですね。人間は目で見ていると言いますが、目で処理をして脳で見ているんですよね。処理をしてやっと色になる。これを『記憶色』と呼ぶのですが、現実の色と記憶色とに差があるので、写真の色を見て、どこか違うとなってしまうんです。そういうことを踏まえて富士フイルムは色の研究をずっとしてきたのです。そのノウハウが富士フイルムのデジタルカメラに詰まっており、我々フィルムを知る人間からすると感動的だったりするのです。早速、中村さんからお話を伺っていきます。どのような撮影をされているかご紹介いただいてよろしいでしょうか」
中村「機材はX-T4を使っていて、初めて買った富士フイルムのカメラになります。レンズはXF10-24mmF4 R OISという広角レンズを使っています。フルサイズ換算だと15mmから35mm くらいで、とても使いやすい画角のレンズです。もともと違うメーカーから移行したのですが、この見た目、上部に軍艦部があります。あまりいまのデジタルカメラはこのようなデザインはなく、富士フイルムだけといっても過言ではないかなと思っています。とにかく、写真を撮るということにおいては、撮った後のデータ処理ではなく、やはり撮っている瞬間がいちばん楽しいということが、写真を続けていくうえではもっとも重要になってくると思います。飽きて撮らなくなってしまったという人もたくさん見てきました。ですから、自分が撮っていて楽しいことが重要で、それをもっとも具現化したカメラかなと思っています。使い始めて4年以上経っていますが、いまでも撮るのは楽しいです」
塚崎「人間は結局のところ物理ですからね。人間が触る物は大切で、物として愛せるかはとても大事なことです。そしてX-T4のフィルムシミュレーションは18種類だと思います」
中村「カラー系とモノクロ系を合わせて18種類です。Fnボタンをひとつフィルムシミュレーションに割り当てていて、さまざまなモードに変えながら撮影できるので便利です」
塚崎「ETERNA/シネマばかりではなく、さまざまなものをお使いなんですね」
塚崎「こちらが大賞を獲得した作品になります」
中村「こちらはETERNA/シネマです。これはX-T4を買って初めての撮影で撮った1枚で、たまたま大賞をいただくことができました。これはスチールウールに火を付けて振り回し、長秒撮影をしています。平面的に見えますが、地面すれすれの位置からあおって撮影をしています。手前の石から奥に向かっての遠近法、人から飛んできている火花のふたつの遠近法によって、しっかり見ていくと奥行きが感じられると思います」
塚崎「光と闇の部分の明暗差がとても激しいですが、このようなときにETERNA/シネマは効いてくるんですよね」
中村「夜間にこのような明るいものを撮ってしまうと、それだけでコントラストが強くなり、色も強く出てしまいますが、ETERNA/シネマは低コントラストで彩度も低めのフィルムシミュレーションになっています。個人的には彩度が高い写真は好きではないので、夜間の作品であっても敢えてコントラストと彩度を落とそうとさまざまなフィルムシミュレーションを試した結果、このETERNA/シネマがバチッとハマったかなと思います」
塚崎「他の作品も拝見していきたいと思います」
中村「桜と花火を撮りました。本当に条件が良かったです。桜が満開のときに花火が上がるのは数年に一度くらいしかないような偶然の状況で、これはASTIA/ソフトというフィルムシミュレーションを使っています。階調が緩やかでグラデーションが美しいモードで、ポートレートなどにも向いているモードです。ライトアップされた桜は色に違和感が出ることが多いのですが、ASTIA/ソフトにするとその違和感のある部分をなだらかにしてくれます」
塚崎「撮影時からASTIA/ソフトに設定しているのですか?」
中村「はいそうです。富士フイルムのカメラは、RAWで撮影をしておけば、カメラ内RAW現像やPC上から『FUJIFILM X RAW Studio』というソフトを使いフィルムシミュレーションを後から変えることはできますが、僕は何種類かを試し、決めてから撮ることが多いですね。ボタンひとつでパッと切り替えられます」
中村「仙台では有名なスポットです。紅葉の色で埋め尽くされている中に電車が走っています。紅葉にはさまざまな色が混ざっていると思いますが、光の加減によってはオレンジが破綻してしまうようなこともあると思うんですね。これはPROVIA/スタンダードを選ぶことで、色をしっかり出そうとしています。手前が陰になって、奥は太陽が当たっていますが、PROVIA/スタンダードのため色の破綻もなく、一発でこのぐらいの色を持ってきてくれるので、フィルムシミュレーション様々だと感じます」
齋藤「北海道ではなかなか見ることができない光景で、色も美しくいいなと思います」
sallu「僕はこのような写真を一度も撮ったことがないので単純にすごいなと思います。中村さんは、自分の中でこれに惹かれるというようなキーワードはあるのですか?」
中村「観光地などの場合、風景写真は行けばだいたい同じような写真は撮れてしまいます。ですから、自分なりの構図をしっかりと見つけて撮りたいと思っています。それに加えて、フィルムシミュレーションをしっかりと選ぶということ。その段階で他の人にはできない選択になっていると思うので、それが撮影の楽しさに繋がっていると思います」
塚崎「フィルムシミュレーションが個性になっているということですね。さまざまな現像ソフトでフィルムシミュレーションを再現しようとしてもできないんですよ」
sallu「僕も以前、違うメーカーの機材を使っていて、東京カメラ部さんで初めて富士フイルムのカメラを使わせていただいて、それ以降はあまりRAW現像しなくなりました。フィルムシミュレーションを使ったJPEGを少し調整するくらい。やはりRAWから作る絵と富士フイルムのフィルムシミュレーションを使ったJPEGとでは同じにならない。なんなんですかね」
塚崎「富士フイルムのカメラはPCに接続することができます。先ほど触れた『FUJIFILM X RAW Studio』はPCのソフトウェアですが、PCに保存されたRAWデータをカメラへと送り、カメラで処理をして戻すという仕組みです。つまりRAW現像ソフトでは再現ができない。これは七不思議です。また、現在フィルムはPROVIAとVelviaしか販売されていないので、それ以外のフィルムを楽しみたかったらフィルムシミュレーションを使うしか手はないんです。ちなみに、『FUJIFILM X RAW Studio』を使うには、そのRAWデータを撮影した機種がないと使えないのでご注意ください」
塚崎「続いて齋藤さんお願いします」
齋藤「わたしの初めての富士フイルムのカメラはX-T20でした。そして写真を撮るのは楽しいと思いはじめ、もっと本格的に写真を撮りたいなと思い、X-T4を購入し、いまはX-H2Sを使っています。風景だけじゃなく、ふだんは動物撮影もおこなっていますが、X-H2SはAFがとても速いですし、ボディとレンズと合わせた手ブレ補正も強力になっているので、X-H2Sを使うようになってから撮れる写真が増えたと感じています。動物撮影で使うレンズは主にXF100-400mmF4.5-5.6 R LM OIS WRです。手持ち撮影ですが手ブレすることもなく、とても良い感じで撮れています」
塚崎「3人の中でいちばんバズーカですね。動物撮影もかなりやられているんですね。フィルムシミュレーションに関してはいかがですか?」
齋藤「以前はPROVIA/スタンダードをよく使っていましたが、最近は新しく追加されたリアラエースばかりで撮影するようになっています。PROVIA/スタンダードは『記憶色』と言われていますが、リアラエースは『記録色』と言われていて、目で見たままの色味をそのまま再現できるというのが特徴で、本当に目で見たままの色だなと感じる再現をしてくれます」
齋藤「北海道豊頃町にあるハルニレの木で撮影したものになります。北海道に住んでいる方は、冬とかになるとこの景色を撮りに来る方も多いかなと思います。この日はマイナス20℃で、手も動かなくなり、三脚も固くなって動かない中で撮影しました。毎冬に通い続けてきたももののここまで真っ白に色付いたのは撮れたことがなく、この瞬間を収めることができて良かったなと思っています。霧氷とは、気温と湿度の条件が合うと木々の表面が氷でコーティングされたかのように真っ白になる状態のことです」
塚崎「フィルムシミュレーションは決めて撮っているのですか?」
齋藤「決めていないです。野生動物も風景もそうなんですが、動物は一瞬現れて、すぐにいなくなってしまいます。風景の場合も、これは日の出前なんですが、時間勝負なことが多いので、RAWで撮っておき後からフィルムシミュレーションは決めることが多いですね」
齋藤「これは富士フイルムのカメラをずっと使い続けようと思うきっかけとなった1枚です。北海道の三国峠という場所で撮影したものになります。紅葉の時期になると多くのカメラマンが訪れる場所なんですが、朝早い薄暗い時間帯から撮影を開始し、少しずつ日が昇ってくると、うっすらとかかっていて朝霧が少しずつオレンジに色付いてきて、その刻々と変化する様子を切り取ることができた1枚です。XF100-400mmF4.5-5.6 R LM OIS WRの望遠端、換算で600mmを使って撮影しているんですが、一部を切り取るように撮ることで、より幻想的・神秘的に撮ることができたかなと思います。ほぼ撮って出し。それでこの色味が出せるなんて富士フイルムのカメラすごいって惚れちゃいました」
中村「条件が良すぎますよね。こんな場所が近くにあったら毎日行きたいです。北海道に住まないといけないですね(笑)」
齋藤「北海道に住んでいて5、6年通い続けて、この1回だけなんです。三国峠は雲海がよく出るんですが、雲海にまでなるともう木々は飲まれてしまいます。雲海になる前のうっすらとした朝霧に太陽の光がいい感じに当たらないとこの瞬間は撮れないので、とてもラッキーだったなと思います。撮影した日も諦めて帰ろうかなと思っていたときだったので、慌ててレンズ交換をして撮りました」
塚崎「やはり粘ることが大切なんですね」
齋藤「わたしはいま登別市に住んでいるのですが、登別市にある地獄谷という場所で撮影したものになります。ここは登別温泉のいちばん大きな源泉になっています。昨年登別市に引っ越してきて、最初は地獄谷に野生の鹿がいるということを知らなくて、知ってはじめて撮ったときに、これは北海道ではあまり見たことがない写真だなと感じました。地獄谷までは車で15分の場所なので、定期的に通って撮影しています」
塚崎「15分!とても豊かな暮らしをされていますね。写真の趣味にはぴったりの場所にお住まいですね。ここは簡単に行ける場所なんですか?」
齋藤「観光地で誰でも行ける場所で、車を降りてから数分で行けます(笑)」
塚崎「色合いがいいですね。どぎつさがないですね。こちらはリアラエースですか?」
齋藤「そうです。先ほどはフィルムシミュレーションを決めて撮らないと言いましたが、この地獄谷の撮影に関しては、絶対にリアラエースで撮りたいと最初から決めていました。コントラストが低いフィルムシミュレーションなので、湯けむりと岩肌のメリハリが狙い通りにとれるのではと」
中村「わたしもこういう被写体はとても好きですし、同じく彩度やコントラストを極力落として撮れたらいいなと思いますね。車を降りてすぐ行ける場所は僕も大好きですし(笑)。山を登るのはしんどいので」
塚崎「続いてsalluさんお願いいたします」
sallu「僕はふたつの軸が撮影にあります。ひとつは自分の頭の中で思い描いたものを作品にすることと、もうひとつはドキュメンタリー的な要素です。前者の場合はクラシッククロームを多用しますね。クラシッククロームはとても人気のあるフィルムシミュレーションで、独特の色合いがとても魅力的だと思います。レトロな質感と独特のシャドウの表現がなんとも言えず心に刺さる感じがあり、作品では多用しています」
塚崎「フィルムシミュレーションは事前に決めていますか?」
sallu「作品撮りの場合は決めています。ふだんはあまりカメラを持ち歩かないんですよ。写真を撮るというときくらいしかカメラは持ち出さず、それまでは、ああでもない、こうでもないと考えています。ひどいときは脚本や絵コンテを書いてモデルさんに渡し、さらに参考文献を読んでいただいたりとか、映画を見ていただくこともあったり、どちらかと言うと映画の撮り方に近いところがありますね」
塚崎「もともと俳優でいらっしゃるので、作り方がお分かりになるんですよね」
sallu「だからモデルさんには申し訳ないくらい過酷だったり、1枚を撮るのに1日かかったり、変なところにこだわったりしています。そのぶん、絵作り、レタッチは考えていないかもしれません」
塚崎「カメラはX-T4とGFX100S II、ラージフォーマットのカメラもお使いです。それでは作品のご紹介をお願いします」
sallu「こちらがFUJIFILM10選を受賞させていただいたときの写真です。撮影をしたのは銀座なんですね。小さな頃から銀座にはよく行っていて、町の独特の質感があるなと思っていました。それはビルの反射光。ビルが路地に並んでいて、お昼くらいになると太陽が上から入り光が窓に反射しますが、窓は青かったりグリーンだったりするので独特の色合いの影が地面に落ちていて、その質感はクラシッククロームに合うのかなと思って撮りにいきました。背中はニコちゃんマークに見えますよね」
塚崎「モデルはご本人ですか?」
sallu「自撮りではなく、モデルを頼んで撮影しています。ちなみに僕の作品は、帽子やコートを被っている人が多いです。小さな頃から男性は大きくなったら帽子を被るものだと勝手に思い込んでいて、どこかにそういう憧れのようなものがあるのかもしれないですね」
塚崎「光の具体や色の回り方などがカッコイイですね。はじめからクラシッククロームと決めて、この場所に行ったのですか?」
sallu「はい、このときは最初から決めていました。ドキュメンタリー以外ではフィルムシミュレーションをほとんど最初から決めています。人物を撮るときはASTIA/ソフトがメインで、自分の作品撮りのときはクラシッククローム。もちろん変えることもありますが、その設定を込みで絵作りを想定したりしています」
中村「昨年、この作品が展示されているのを見て、個人的にはいちばん目を奪われました。めっちゃすごいなって。昨年のFUJIFILM10選の展示プリントは、たしかマットタイプと光沢タイプの2種類のペーパーがあり、この作品は光沢タイプで印刷されていて、それもまた素晴らしかったです。横断歩道のビルの影の色がカッコイイと思いました」
sallu「まさに、その部分にこだわりたかったのがクラシッククロームを使う理由でした。この独特の感じはたぶんRAW現像では出てこないんです」
塚崎「地面にクロスの影が出ているのもカッコイイです」
sallu「気付きましたね?笑」
齋藤「わたしも好きです。このニコちゃんマークは狙ったのですか?」
sallu「狙ったといえばカッコイイのですが、これは偶然なんです。もともとコート自体が白いドット柄だったんですが、闇の人間のような人が闊歩しているというようなテーマだったので、マントをたなびかせてもらいました。撮ったものを確認したら、ダークなだけじゃなくちょっとポジティブにも感じられました」
塚崎「リフレクションする場所ということも想定して、ここで撮っているのですか?」
sallu「もちろん現場でロケハン的に歩いてもらい、ここがいいなと思ったのと、ちょうど光が入ってきているタイミングで撮っています」
塚崎「次の作品に移ります」
sallu「打って変わってドキュメンタリーなんですけれども。昨年から世界遺産の熊野那智大社という、那智の滝がある場所で、年に一回の那智の扇祭りを公式に撮影させていただいています。日本三大火祭りのひとつに数えられていて、たぶん関東よりも関西の方が有名なのかもしれないですね。那智の滝は日本三名瀑のひとつ。そこの火祭りの炎がとにかくエネルギーが強く、その質感を込めて撮りたいと思いPROVIA/スタンダードで撮影しました」
塚崎「それは現場での判断ですか?」
sallu「これに関しては決めていました。PROVIA/スタンダードはフィルムシミュレーションではもっともスタンダードな位置づけです。特にこのような神事には僕自身の色を付けたくなかった。記録性を重視していたので、フラットに標準的に撮れるPROVIA/スタンダードを選びました」
塚崎「こちらはGFXでの撮影ですね」
sallu「GFX100Sです。いまはGFX100S IIがありますが、昨年の撮影だったのでこちらはGFX100Sで、ちょっと重めではあります。行ったことがある方ならわかると思うのですが。階段がとても長いんです。記録しなければならないため、レンズも担いでいましたが、ラージフォーマットでありながら手持ち撮影でブレずに撮れることにはすごく驚きましたね」
塚崎「おふたりは三脚を使いますか?」
齋藤「動物は手持ちですが、風景のときは三脚を使用することが多いです」
中村「最近は花火撮影が多いので基本は三脚なんですが、朝焼けのときなども三脚を使い、NDフィルターを使って雲海を流したりします。日中の桜などの季節ものを撮るときは、もう少し動き回って撮りたいので手持ちですね。お祭りでは三脚は禁止されているのですか?」
sallu「この祭りは三脚もOKではあるんですよ。でも、一般席からだとすごい人で、お祭りは午後2時からですが朝5時には席は埋まってしまうような人出なんです」
sallu「こちらは今年撮影した1枚です。新たにGFX100S IIが2024年7月に発売され、それを使っています。僕は今年の扇祭りには本番の一週間前から密着取材をさせていただいていて、ご神事の準備だったり、松明の準備だったりに付いて回っていたんですね。これは少しレアな写真でして、火付け場というところで松明に火を付けるんですが、報道の人も入れない場所なので人の目には触れないんです。僕もまったく段取りがわからなかったので広角レンズで撮っていて。これはGF20-35mmF4 R WRの広角端なので、換算16mmくらいで撮ってこの距離なので、火が近いんです。熱いんです。広角レンズならではの迫力は出ていますよね。火の迫力と持ち手の方の表情。松明も1本で60キロくらいあって、それを持ち上げる瞬間なので、すべてがガッと入ったものが1枚にまとまっている感じがあって気に入っています。フィルムシミュレーションはリアラエースですね」
塚崎「フィルムシミュレーションをリアラエースにした意図は?」
sallu「初めてリアラエースを使ったのがこの撮影だったんですけれど、最初にモニターと肉眼とを見比べたときに、ほぼ変わらなかった。ということは、記録性にはPROVIA/スタンダートよりも向いているのかなと。差はほんのわずかだと思うんですが、わずかにシャドウが浅く、色も浅い。本当にわずかではあっても何か人が関知するものに影響があるのかなということをすごく体感した写真です」
塚崎「今後はリアラエースを使いますか?」
sallu「多用すると思いますね」
塚崎「これは那智の滝の上です。上にしめ縄が張ってありますが、これは本番の5日前に神職の方が交換するんですよ。そこに立ち会わせてもらって撮影しています。那智の滝は滝自体が神様なので、神様の中にいるというとんでもない経験をさせていただいたんです。見てわかるように、滝の縁に神職の方はいますが、これを撮るためには僕も縁に行かないとだめ。高さは133メートルあるんです。そこに寝そべってカメラを出して撮るんですけれど、こんな撮り方をラージフォーマットでやったらブレるんじゃないかなと思ったんですが、GFX100S IIは手ブレ補正と軽量化を強化しているのでシャープに撮ることができ、とても感動しました」
中村「ふつうの人では見ることができない場面の写真を撮ることができるのはすごいと思います」
sallu「僕も恐縮しながら撮りました。日頃からちゃんとした人になろうって(笑)」
塚崎「こちらもリアラエースでしょうか」
sallu「そうです。そして、右上のまさにあの滝の上にいたわけです。この写真にはさまざまなものが混ざっています。持ち手、重い松明、炎のエネルギー。そして炎から出ている煙が霞を作り、ちょうどこの時間に太陽の光が射し込みベールのようになっている。全体的には膜が張ったような世界になっている一方で、背景には直射日光が当たっている。それぞれがバラバラな状態であるのに、リアラエースで撮ったときに、バラバラの要素を統一させてくれる、整えてくれることにかなり驚きましたね」
塚崎「映画のワンシーンみたいですよね。とてもカッコイイ。ライティングをしているかのように感じました」
sallu「ある種の奇跡のようなものなのかなと。日常で写真を撮っていても、そういう奇跡的な瞬間はいつ訪れるかわかりませんし、訪れたとしても気付かないことも結構多いと思っていて、だから日頃からイメージトレーニングのようなことは必要だと思いますね。扇祭りの撮影でも、記録として何を残すべきなのか。神社の記録となると100年、200年という時間の単位の話になってきますし。いまはデジタル全盛ですけれど、データだけでなくプリントとして渡すことで、僕が生きていない時代にも祭事の資料になるかもしれません。そういう意味でもGFXシリーズのラージフォーマットでさらに記録性を高めているという感覚です」
塚崎「AIが進化してきた時代ではありますけれど、実際にこのような祭りがおこなわれて、実際に人がいて、そういう祭事があり、そういう文化がある、築き上げがある。これを人間が撮っていてそれを残すということに意味があるわけですね」
sallu「まさにそういうことだと思います。AIが進化するとたいていのことはできてしまうと思います。しかし現実に起こったこと、現実の人間が撮ったという証拠に、これからは価値が移行してくるんじゃないでしょうか」
塚崎「写真の質感や色という面はフィルムシミュレーションに任せてしまって、撮り手としては構図や、その場所をどのように撮るかということに集中されたという作品ですね」
sallu「まさにそれです。最近は本当にレタッチや色味のことは考えていないんですね。余計なことは考えないで、いま目の前で起きていることだけに全神経を集中させるというスタンスにどんどん変わってきています」
塚崎「ありがとうございます。三者三様のフィルムシミュレーションの使い方、またその活かし方はいかがでしたか? フィルムを使ったことがある方、ない方、また今後使ってみたいなという方も、ぜひフィルムシミュレーションを使っていただけると、より楽しみが広がっていくかと思います。ご視聴ありがとうございました」