日経ナショナル ジオグラフィック社 元取締役会長 伊藤達生 × 写真家 八木豪彦「写真で生きていくということ~世界の視点から~」



2017年4月28日(金)~5月6日(土)、東京・渋谷ヒカリエにて「東京カメラ部2017写真展」が開催されました。開催期間中のイベントステージでは、人気フォトグラファー、写真業界関係者、歴代東京カメラ部10選などをお招きして、さまざまなテーマでトークショーが行われました。

5月4日(木)に行われた特別企画のトークショーでは、写真家 八木豪彦氏と日経ナショナル ジオグラフィック社 元取締役会長 伊藤達生氏をお招きして「写真で生きていくということ ~世界の視点から~」というテーマでお話しいただきました。

日経ナショナル ジオグラフィック社 元取締役会長 伊藤達生 × 写真家 八木豪彦「写真で生きていくということ~世界の視点から~」

塚崎「東京カメラ部にはプロの方からの投稿が1割ほどあります。そしてプロになりたいと思っている方からの投稿もあります。我々は、そのような方にどうお仕事の機会を提供していくか悩んでおり、伊藤さんにそのようなお話しをしたときに、世界を見ないといけない、という言葉をいただき気付きを与えていただきました。それを皆さまにも紹介したいと思い、昨年に続き伊藤さんにご出演いただき、今回は27歳で世界へチャレンジした八木豪彦さんにもお越しいただきました」

日経ナショナル ジオグラフィック社 元取締役会長 伊藤達生 × 写真家 八木豪彦「写真で生きていくということ~世界の視点から~」

伊藤「わたしは『ナショナルジオグラフィック日本版』を発行している日経ナショナル ジオグラフィック社をこの3月に退任しました。現在は、PHOTOGRAPHERS ASSOCIATES TOKYOを設立し、世界を目指す写真家のサポート事業を行なっています。ナショジオ時代にわたしは、『ナショナル ジオグラフィック写真賞』というプロ向けの写真賞を作りました。その4回目の受賞者が八木さんです。この賞は副賞にポイントがあり、それは個展をニューヨークで開く権利が与えられるというものです。個展までのプロセスを通して、ニューヨークで個展をすることの意味をお話していきたいと思います」

日経ナショナル ジオグラフィック社 元取締役会長 伊藤達生 × 写真家 八木豪彦「写真で生きていくということ~世界の視点から~」

伊藤「八木さんはナショジオ写真賞に一度入選し、その2年後に大賞を受賞されています。こちらが大賞受賞作『88歳の現役医師』ですが、素晴らしい作品です。実はこちらの方は八木さんのおじいさんなんですね。被写体のことをよく知り尽くしていることも大切ですし、この作品ではそれを日常の中の素晴らしい構図で切り取っていると思います。また、27歳で写真賞にモノクロ作品で応募するという勇気もある。モノクロをプロに見せるのは覚悟がいる話で、それを大胆にもやってきたことにも感動しました」

日経ナショナル ジオグラフィック社 元取締役会長 伊藤達生 × 写真家 八木豪彦「写真で生きていくということ~世界の視点から~」

伊藤「八木さんのようなドキュメンタリー作家が写真で食べていくには4つの道しかありません。1つ目はメディアの専属になること。2つ目は出版社から写真集を出すこと。3つ目はギャラリーでプリントを売ること。そして、4つ目は難しいですが美術館アイテムの作家になること。この4つしかありません。このうちどれを選び、その道へと進むかです」

塚崎「詳しくお聞きしていいですか?」

伊藤「メディアの専属というのは、例えば『ワシントンポスト』などの専属写真家として、メディアがアサインした取材対象を撮影しに行くということですね。発表はそのメディアであり、事象を事実としてどう伝えるのかが目的で、良い作品を撮ることが目的ではありません。写真集を出すというのは、日本は写真集文化のある国なので想像しやすいと思います。1枚の写真ではなく、100枚以上の枚数で訴えていくということです。プリントの販売は、世界では写真家が生きていく道筋ができています。ニューヨークだけで数百のプリント販売ギャラリーがあり、裕福な方の自宅、会社、公共施設などに飾られます。昔は油絵を飾るというようなイメージがありましたが、今はコンテンポラリーアートや写真の評価が高いです。美術館のアイテム作家になるという道は間違いなく選ばない方がいいですね。大金持ちがやることです」

塚崎「1つ目のメディアの専属になるためにはどうすれば良いのでしょうか?」

伊藤「メディアには必ずフォトエディターがいて、その人の眼鏡に叶わないと採用されません。ですから、フォトエディターと会って、気に入られる必要があります。そうした背景があるので、米国の写真の大学では、どこのフォトエディターがどのような性格で、どこのバーで飲んでいるかまで教えるのです」

日経ナショナル ジオグラフィック社 元取締役会長 伊藤達生 × 写真家 八木豪彦「写真で生きていくということ~世界の視点から~」

伊藤「それでは、八木さんがニューヨーク個展を開催すると決まってから、どのようなプロセスを経たかを説明していきます。まず、ステイトメントの作成です。ウェブには必ず最初にステイトメントが掲載されています。これはプロの写真家では絶対に必要なもの。世界中の人は、ウェブを見た時点では八木さんのことを誰も知りません。ですから、ステイトメントのない作家の作品は海外では誰も見ません。どういう方向性で写真を撮り、何に感動しているのか。文章でまとめていく作業は、写真家さんは慣れていないと思いますが、ステイトメントを作れば何でもできます。そのストーリーで展示の作品を選ぶこともできますから」

日経ナショナル ジオグラフィック社 元取締役会長 伊藤達生 × 写真家 八木豪彦「写真で生きていくということ~世界の視点から~」

伊藤「ウェブも世界標準に刷新しました。特に自分の写真を分類して見せるというのも大切です。いま取り組んでいるというものは絶対に入れて欲しいとお願いしました。未完でいいんです。フォトエディターはここを見ます。いま必死にやっているものに対して、助けてやろう、投資してやろう、という気持ちをもってもらうことが大切です」

日経ナショナル ジオグラフィック社 元取締役会長 伊藤達生 × 写真家 八木豪彦「写真で生きていくということ~世界の視点から~」

伊藤「ギャラリーで展示をすること自体はあまり意味がないというのは言い過ぎですが、これを口実に広報作業を行うことも目的です。写真ブロガーと呼ばれる人たちは、メディアに自分のコーナーを持っています。こういうところに取り上げてもらうことが、最も効率いい手段です。例えばBBCもフォトブログを持っていますが、BBCはありがたいことに英語で広報を出すと、スペイン語やドイツ語にも訳して配信してくれるんです。それがニューヨークで個展をやる最大のメリット。広報作業にはお金も経験もいるのですが、写真家の価値を作り出すことに役立ちます」

日経ナショナル ジオグラフィック社 元取締役会長 伊藤達生 × 写真家 八木豪彦「写真で生きていくということ~世界の視点から~」

伊藤「これはギャラリーのオーナーにポートフォリオレビューをしてもらっているところです。展示やレセプションも大切ですが、ポートフォリオレビューがとても重要です」

日経ナショナル ジオグラフィック社 元取締役会長 伊藤達生 × 写真家 八木豪彦「写真で生きていくということ~世界の視点から~」

塚崎「今日はポートフォリオを持ってきていただいています」

八木「ドクターコートを貼り付けています。本当はおじいさんのものを使いたかったのですが、レビューキットのために用意したものです。中身もドクターコートを連想させる白い画材紙を使い、A3プリントに合うようにカットしてもらい作りました。クリアファイルだと小学校の夏休みの宿題のようで誰も見てくれないと言われ、よく考えて作成しました」

塚崎「もう一冊あります」

八木「インドのホーリー祭をまとめたもので、インドに初めて行ったときに着ていた洋服を表紙にくるんでいます。こちらも、写真を生で見て欲しいという想いがあったので、ファイルに入れずキットに直接貼っています。お金はかかりましたが、ここで注ぎ込まないと次はないと確信していたので」

日経ナショナル ジオグラフィック社 元取締役会長 伊藤達生 × 写真家 八木豪彦「写真で生きていくということ~世界の視点から~」

伊藤「こちらは個展開始直後の様子です。広報した結果でもありますし、ギャラリーがプロのための機材ショップを経営しているので、本当のプロが敵情視察にやって来ています」

日経ナショナル ジオグラフィック社 元取締役会長 伊藤達生 × 写真家 八木豪彦「写真で生きていくということ~世界の視点から~」

伊藤「写真家の今坂庸二朗さんです。アメリカの写真系大学を卒業し、ニューヨークで写真だけで食べている作家です。彼とも食事をともにし、アドバイスをもらいました」

日経ナショナル ジオグラフィック社 元取締役会長 伊藤達生 × 写真家 八木豪彦「写真で生きていくということ~世界の視点から~」

塚崎「アートが売買されている現場を見てどう感じましたか?」

八木「今まで日本で活躍することを目標にしていましたが、今では日本に加えて海外で活躍し、ニューヨークのギャラリーで自分の作品を展示・販売したいと強く思うようになりました。僕はまだニューヨークのマーケットのことを知らないので、1年に1回でも足を運び、ギャラリーの方に自分の作品をレビューしてもらうしかないと思っています。ネットではなく、自分の眼で見ることが重要ですし、ギャラリーの方と実際に会うことが大切だと思います」

塚崎「レビューしてもらい参考になったことは?」

八木「写真を撮る時に、もっと被写体に興味を持ち、疑問を持ちながら撮影するといいと。また、写真を撮る楽しさを忘れないで撮り続けて欲しい、自分に忠実に生きて欲しいと言われました」

塚崎「そもそも、なぜナショジオに応募したのですか?」

八木「自分の写真が現状どのレベルにあり、本当に自分は写真で戦っていけるのか不安があったので、それを確かめるために応募しました。ダメ元でしたが入賞することができ、翌年はもっと良い写真を見せたいと思い応募したのですが、まったくかすりもしませんでした。そしてその翌年、おじいさんを撮影した写真で大賞をいただきました。そして、その副賞でニューヨークに行き、自分の眼と身体で感じることができました」

塚崎「最後に、これからはどんなことにチャレンジしていきたいですか?」

八木「自分の力でのプリント販売などにチャレンジしていきたいです」

塚崎「本日はどうもありがとうございました」

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